English

  1. ホーム
  2. キャンペーン
  3. 死刑廃止 袴田事件 : 再審を実現し、袴田さんの苦しみに終止符を!

死刑廃止 袴田事件 : 再審を実現し、袴田さんの苦しみに終止符を!

campaign_death_penalty_main_img.jpg

袴田事件~再審を実現し、袴田さんの苦しみに終止符を!

袴田巖さんが逮捕されたのは、味噌会社の専務一家が殺害された48年前の事件です。それ以来、えん罪の可能性がありながらも、2014年3月に釈放されるまで、ずっと拘束されてきました。

死刑判決の根拠となった自白は、猛暑の中、1日平均12時間にもおよぶ過酷な取調べで引き出されたものでした。水も与えられず、トイレにも行かせてもらえず、殴られ、蹴られて...。意識が朦朧とする中、命を守るために「自白」したとして、袴田さんは裁判で無実を訴えました。

また、犯行時に袴田さんが着ていたとされる血の付いた衣服も有罪の決め手となりましたが、当時からこの証拠の信憑性を疑問視する声が多くありました。そして新たなDNA鑑定の結果を検討した裁判所は、検察による証拠ねつ造の疑いあり、と断じたのです。

48年という長い年月の後、ようやく釈放された袴田さんの再審決定に対し、検察は、異議を申し立てました。そのため、袴田さんの再審が確定するまでには、まだまだ時間がかかります。

高齢であり、長期間、独房で過ごした影響で心身ともに健康状態が懸念される袴田さんに対して、追い打ちをかけるような検察のこの仕打ちを、私たちは許してはいけません。

アムネスティ・インターナショナルは2008年より、袴田巖さんを「危機にある個人」として、支援を続けています。アムネスティ日本は、ただちに再審を開始するよう、強く要請します。

過去のアクションを見る


えん罪の危険性

不公正な裁判はえん罪を生む温床です。そして、えん罪の危険は死刑廃止の論拠の一つです。

暴力による、過酷な取調べ

警察は逮捕後、袴田氏に対し、23日間にわたって徹底的な取調べを行いました。袴田氏は毎日平均12時間におよぶ休憩なしの取調べを受け、このうち3回は、取調べ時間が14時間以上に及びました。袴田氏は裁判前、3人の弁護士と1回ずつ、計3回の短時間の面会をしただけでした。 裁判において袴田氏は、「拘禁中は水も食べ物も与えられず、トイレにも行かせてもらえず、殴られたり蹴られたりした」として、取調べ中の供述を撤回し、無罪を主張しました。1968年の静岡地方裁判所での審理では、提出された45通の調書のうち任意に署名したとみなされたのは1通だけで、残りは証拠として認められませんでした。にもかかわらず、判決は死刑となったのです。

「無罪だと思っていた」~元判事の告白~

死刑判決を言い渡した3人の判事のうちの1人、熊本典道氏は、2007年に、「袴田氏は無罪だと思っていた」と胸の内を明かしました。

「客観的に見て、袴田がやったという証拠はほとんどなかったのです。でも、捜査官は最初から袴田が犯人だと考えていました。だから警察は、その観点から捜査をしたのです」

「私は良心の呵責に耐えかねて裁判官という職を辞しました......。大変な罪悪感にさいなまれたのです」


不公正な裁判の実態に関する報告書を発表(ADPAN)

アムネスティ・インターナショナルが事務局を務める「死刑に反対するアジアネットワーク(ADPAN)」は、2011年12月6日、アジア太平洋地域における不公正な裁判の実態に関する報告書を発表しました。

同報告書では、死刑執行に直面している8人の事例を取り上げており、日本の事例として、長きにわたって無罪を訴え続けている死刑囚・袴田巖氏を取り上げています。

ADPANとは
死刑に反対するアジアネットワーク(ADPAN)は、アジア太平洋地域から死刑を無くすためのキャンペーンを推進するため、2006年に発足した。アムネスティ・インターナショナルが事務局を務め、23カ国の弁護士、NGO、市民団体などから構成される団体です。



 

このページをご覧になった方へのお勧め

前へ

次へ