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*より詳しい情報は以下。

エスメラルダ号についての、アムネスティの報告書
(AI INDEX: AMR 22/006/2003 26 June 2003)


2004年6月、東京に

チリの拷問船・エスメラルダ号来たる!

La Esmeralda: El buque de la tortura

...私は、エスメラルダ号に連れていかれた。そこで私は、何も訊かれることなく、私が決してその名を知ることは無いであろう3人の男たちと共に、後ろ手に縛られ、容赦無く殴られた。

エスメラルダ号で拷問を受けた被害者の証言

Esmeralda

ピノチェト軍政時代に拷問施設として利用されたエスメラルダ号が、2004年6月10日、東京に寄港する予定です。チリ政府はこの船で行なわれた重大な人権侵害の真相を明らかにしておらず、被害者はいまだ何の救済も得られておりません。アムネスティは同政府の早急な対応を求める署名活動を行なっています。

TAKE ACTION!!

折鶴アクションのご報告

アムネスティ・チリ支部の署名運動のページ

チリ海軍の訓練船・エスメラルダ号で行なわれた人権侵害の真相究明、責任者の処罰、被害者への補償を求める署名に協力して下さい!!

署名フォームで表示される文章は、以下のような内容です。
「私は、チリ海軍に対し、訓練船・エスメラルダ号での人権侵害の全容を明らかにすること、その人権侵害に責任のある人びとを裁くことに協力すること、被害者への十分な補償を促進することを要求します。私は、この船がこれまでの恥を浄め、再び堂々と航海できるように真実を明らかにすることを望みます。」


●エスメラルダ号とは

1973年9月11日、チリのピノチェト元大統領はクーデターにより軍事政権を樹立し、対抗勢力の大規模な弾圧を行いました。その結果、数百の人びとが拘禁され、数え切れない人びとが超法規的に処刑されました。また「失踪」が国家政策として実行され、拷問が組織的に行われました。その際に、チリ海軍により拘禁と拷問のセンターとして使用されていたのがエスメラルダ号です。この船では海軍の特殊部隊が被拘禁者の尋問用の設備を設置し、その尋問は通常、虐待や拷問を含んでいたという報告が寄せられています。この船はチリの現代史における、政治囚への残忍な処遇のシンボル、特に、国家の役人による拷問の無差別行使のシンボルとして存在しています。

●アムネスティは、「エスメラルダ号」に関して何を求めているのか?

チリ海軍のエスメラルダ号は、現在でも毎年訓練航海を行ない、世界中の港を訪問し、チリの移動使節団としての役割を果たしています。しかしチリ政府は、この船で行なわれた深刻な人権侵害について公式に認めていません。そこでアムネスティは、軍政時代のチリ海軍の船舶・施設における拷問やその他の人権侵害に関するあらゆる申し立てについて、公平かつ中立な調査を実施し、拷問の実行者の責任を問い、被害者とその家族に物質的および精神的な賠償を行なうことを求めます。チリ政府はエスメラルダ号を日本へ寄港させる以上、これらの要請に応えるべきです。

    アムネスティは、チリ政府およびチリ海軍に対して、以下のことを要求しています。
  • エスメラルダ号で行なわれた深刻な人権侵害について、公式に認めること。
  • 軍政時代のチリ海軍の船舶・施設における拷問やその他の人権侵害に関する、あらゆる申し立てについて、公平かつ中立な調査を実施すること。
  • 拷問の実行者の責任を問い、被害者とその家族に、物質的・精神的な賠償を行なうこと。

●背景情報

1973年9月11日の軍事クーデター以降、権力を握った軍事政権は、ただちに大規模な鎮圧作戦を開始し、国家財産を独占的な支配下に置き、それを人権侵害を行なうために利用した。憲法上の保証措置は、軍政後数年間の間に成立した3500以上の法令と、4つの「憲法的法令」によって停止された。議会は解散され、全土に戒厳令が布告された。このような状況下で、数百の人びとが拘禁され、数え切れない人びとが超法規的に処刑され、「失踪」が国家政策として実行され、拷問が組織的に使用された。

1990年の民政復帰とともに、2つの機関が、国家情報員による「失踪」・超法規的処刑・拷問による死亡について真相の究明につながる情報を収集するために、異なった時期に創設された。

アルウィン政権によって設置された真実と和解委員会は、1991年3月に報告書を公開した。92年、この委員会を引き継ぐ形で、補償と和解のための全国機構が設立された。同機構は、その任期の終わりである96年に、最終報告書を公表した。両機関の調査結果は、「失踪」・超法規的処刑。・拷問による死亡の犠牲者の事例、3197件について、公式に認定した。

この数字には、拷問を生き延びた被害者は含まれていない。

真実と和解委員会の報告書には、アウグスト・ピノチェトによる軍事クーデター時に、チリ海軍により拘禁と拷問のセンターとして使用された他数の海軍船舶が、記録されている。チリ海軍の訓練船・エスメラルダ号は、レブ号などと並んで、記録されている。この報告書によれば、エスメラルダ号において、「海軍の特殊部隊が、被拘禁者の尋問用の設備を設置した。そこでの尋問は、通常、虐待や拷問を含んでいた。」

1999年9月、国営テレビにおいて、海軍の最高司令官が、海軍の船舶や施設が拷問センターとして使用されたことを否認した。この後、2人の元囚人が公然と、エスメラルダ号やその他の海軍の船舶・施設において、政治囚が拷問されていたことを証言した。99年9月、この元囚人の一人が、記者会見の場で、エスメラルダ号で行われた拷問の種類について語ったが、そこには、電気棒の使用、足から吊り下げること、バケツいっぱいの糞尿や水を浴びせ掛けること、などの拷問が含まれていた。

1973年以後、エスメラルダ号で拷問が行なわれたいたという確たる証拠はないが、それにもかかわらず、この船は、チリの現代史における、政治囚への残忍な処遇のシンボルとして存在している。特に、国家の役人による、拷問の無差別行使のシンボルとして存在している。

アムネスティでは、ここ何年かの間、チリ軍政下(1973-1990)で行なわれた重大な人権侵害に対するアムネスティの任務の一つとして、エスメラルダ号での拷問を受けた、多数の被害者から証言を記録し、公開している。

チリ海軍の訓練船・エスメラルダ号は、毎年、訓練航海を行ない、世界中の港を訪問し、チリの移動使節団としての役割を果たしている。2003年4月、エスメラルダ号は、48回目の訓練航海に出航し、ペルー、エクアドル、フランス、スウェーデン、ドイツ、イギリスなどに寄港し、2003年10月にチリに帰航する予定である。

●あなたにもできること 〜 折鶴アクションのご報告

●あなたにもできること 〜 署名運動にご協力下さい

現在、アムネスティ・チリ支部が、エスメラルダ号で行なわれた人権侵害の真相究明・責任者の処罰・被害者への補償を求める、チリ政府宛ての署名運動を展開しています。

以下のリンクをクリックしていただき、英語/スペイン語のどちらかのページを選択してください。一連の画像が表示された後、署名フォームが表示されます。

アムネスティ・チリ支部の署名運動のページ

   

*署名フォームで表示される文章は、以下のような内容です。
 「私は、チリ海軍に対し、訓練船・エスメラルダ号での人権侵害の全容を明らかにすること、その人権侵害に責任のある人びとを裁くことに協力すること、被害者への十分な補償を促進することを要求します。私は、この船がこれまでの恥を浄め、再び堂々と航海できるように真実を明らかにすることを望みます。」


アムネスティ国際事務局