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国を逃れて外国で暮らすシリア人:日本へ逃れたユセフさん

日本にいるシリア難民のことを多くの人に知ってもらいたい

opentosyria_JPcase01.jpgアムネスティの取材に応じてくれたユセフさん

ユセフさんは、反政府運動に関わり、家族を置いて1人で日本へ逃れてきました。ユセフさんがシリアから脱出した時、妊娠していた奥さんはその後無事に出産し、子どもたちとイラクの難民キャンプへ移りました。

ユセフさんは日本では、人道的配慮で滞在許可は出ていますが、難民認定を受けておらず、家族を呼び寄せることができずにいました。家族と直接会えずに電話やパソコンで連絡を取るさみしい日々を送っていました。

しかし、支援団体等の働きかけもあり、今年1月、2年半ぶりに家族と日本で再会することができました。

まだ再会できるか分からなかった時に、日本にいるシリア難民のことを多くの人に知ってもらいたいと、アムネスティの取材に応じてくれました。

ユセフさんの話

普通の人たちが殺されるのを目の当たりにして

特に政府に反対しているというわけではありませんでした。反政府デモが活発になり、ダルアー(南西部の市)で政府が鎮圧に軍を投入した頃から、いろいろ耳にして。初めはテレビで見ているだけでした。毎週金曜日にデモが行われるようになり、実際にこの目で、警察に銃で撃たれて子どもや家族が死ぬのを見ました。そして考えが変わり、デモに参加するようになりました。政府にやめてほしいと。

デモに参加するようになって、当局に目を付けられました。警察が逮捕しようとしていると、忠告してくれた人がいました。そのまま逃げて、戻りませんでした。あのまま捕まっていれば、命が危なかったでしょう。

国外脱出をし、飛行機で日本へ来ました。シリアから脱出できるならどこでもよかった。飛行機に乗れたときは、心底ほっとしました。どうなるかわからなかったから、ずっと不安でした。2012年7月のことです。

日本についたら、入国管理局の施設に連れていかれました。始めの1週間は「シリアに戻されるのではないか」と、とにかく怖かった。でも、日本の入管職員はみんな優しくて、丁寧で、安心しました。

日本はいいところです。大好きです。みんな親切で優しい。友達もいます。でも、何か足りない・・・家族です。

国を離れてから、息子が生まれました。まだ会ったことがないんです。パソコンで電話越しにしか知らない。上の娘も、分かれたときはまだ赤ん坊だった。国を出る時に、娘のピンクの髪留めをもってきました。電話はとても楽しみですが、そんなにしょっちゅう、できるわけではありません。

本当に、本当に家族に会いたい。家族を呼び寄せるには難民認定をとるしかないと知って、難民申請をしました。できれば子どもたちには日本で育って欲しいです。

opentosyria_case01_02.jpg「本当に、本当に家族に会いたい」と語るユセフさん。子どもの写真を見せてくれました。

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