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【書評連載14】マッドジャーマンズ ― ドイツ移民物語

マッドジャーマンズ ― ドイツ移民物語ビルギット・ヴァイエ著/山口侑紀訳、花伝社、ISBN:978-4763408334

 ドイツの移民の生活を描いたマンガだと聞いて手に取った。

 概してドイツのメディアはまじめである。公共放送が中心であるせいか、娯楽色はさほど強くない。それは紙媒体でも同様で、マンガなどもあるにはあるが、ドイツの子どもたちに言わせれば「まったくつまらないもの」なのだそうだ。ほとんどが教育マンガの色彩が強くて説教調。いたずらに子ども扱いしてくるので腹も立つ。だからインターネットの娯楽に向かうんだ、とは彼らの弁。実際、インターネットを通じて日本のマンガやアニメ文化が大流行なのだそうだ。世界中と瞬時につながるグローバリゼーションの恩恵を彼らはそうやって受け取っている。

 その一方で、ドイツの移民問題と聞くと、きなくさい話ばかりが伝わってくる。右派政党として知られるAfD(「ドイツのための選択肢」)が勢力を伸ばし、移民排斥の動きが加速しているらしい。大規模な反移民デモなども行われていると聞く。AfDは、その広報活動の中で効果的に日本のアニメキャラなどを利用し、AfD-chanなるネットキャラを生み出して、急速に若者層に支持を広げている。若者たちも、必ずしも思想的に共鳴しているわけではないが、こうした「ゆるい」アプローチの面白さを楽しんでいるようだ。マンガやアニメが政治的に利用される際の一つの縮図が表れている気がするが、これは現代日本の社会状況ともどこか共通する。

 そのように文学的表現手段としてのマンガの伝統がさほど根付いていないドイツだが、本書は、そこで2016年マックス&モーリッツ賞最優秀ドイツ漫画賞を受賞した良質のマンガということらしい。ドイツ在住でエッセイや小説で活躍する作家、多和田葉子さんの推薦文も得て、日本語版が刊行されている。多和田さんの作品は好きだが、それでも、それだけで、なんとはなしに「きまじめさ」が香ってくるではないか。ならばいっそ、その香りを楽しんでみようか、という思いで手に取った。

 装丁も、コマ割りも、概ねおとなしく、かつ刺激の少ない路線を踏襲している。テーマは、ドイツに移民として暮らす人びとのエピソード。なるほど、中東からの移民に悩む現代ドイツの世相がそこに描かれているのか、と、さらっと見過ごしそうになった。ところがそこに出てきた国名に注意が惹きつけられる。

 「モザンビーク」。そうなのだ、中東ではなくモザンビーク。アフリカ東部の国。貧しさや紛争の歴史、最近日本政府がODA事業で多額の投資を計画し、しかもその資金を日本企業に公共事業として還流させようとしているのではないかと指摘され、NGO界隈では今ちょっとした話題になっている国である。「はて。そんなところの移住労働者がドイツにいたのかな」と思い、ページをめくって驚いた。この本で描かれているドイツは、現在のドイツ連邦共和国ではなかったのである。「ドイツ民主共和国」、つまりかつての東ドイツ。ドイツ統一により、現在は失われた社会主義国のドイツ。そして、モザンビークがかつては東側ブロックの国だったという経緯を思い出した。しかし、あの頃の東ドイツに移住労働者がいたのか。

 事情は、本書のあちこちに散りばめられて描かれている。東ドイツは、当時の政権の5か年計画の実現のため、モザンビークを含めた海外各国から未熟練労働力を調達した。5か年計画に縛られているため、彼らの滞在期間には制限がある。しかも滞在中に妊娠したら退去強制。一方で、モザンビーク本国は政情不安の中、武力紛争が開始される。現地に残った家族たちは、その紛争で命を落とし、あるいは散り散りになっていく。移住した人びとも本国に帰れる状況にはなく、しかし滞在期間の制限は撤廃されない。

 八方ふさがりの中で、一つの光明が訪れる。皮肉なことに、分断されていた東西ドイツが統一されることとなり、申請すれば西ドイツ体制下での滞在資格が手に入ることとなったのだ。しかし、ここで滞在を申請することは、故郷を捨てることに等しい。自分たちの将来は、アイデンティティは、と、そこに葛藤が起きる。しかも、移住労働者はいつの時代も差別の対象である。東ドイツ国内の激しい差別に加えて、統一ドイツの社会では、それまでに手にした権利などが無に帰してしまう。さらに、東ドイツ時代には経験し得なかった、押し寄せてくるきらびやかなヨーロッパの経済と文化。環境の激変はおそらく、むしろ恐怖をもって受け止められただろう。

 東ドイツ時代には移住労働者だった彼らは、ドイツ統一後、移民ではあるが、統一後のドイツの市民として取り扱われる。これが表題にある「マッドジャーマンズ」である。故郷に戻らず、彼方の地で生きることを選んだ彼らは、時代に翻弄されたその立場を、揶揄も込めて自らをそう呼び、また呼ばれる。差別は変わらず、しかも主として居住する旧東側は、まわりのドイツ人住民も統一後の格差に翻弄されている。彼らのことを構う余裕もない。いや、むしろ排外傾向が増す。さらに、かつては互いに助け合っていた、助け合えていたはずの同胞たちの裏切り。まさに統一後の混乱に、みなが互いに翻弄されていたのだ。

 遠く離れた故郷モザンビークの状況に苦しめられる主人公たち。彼らを取り巻く東側社会の人びとも統一の混乱の被害者。さらに現在の中東情勢にともなう混乱。現在のドイツの移民排斥は、旧東側のほうが激しいと言われる。旧来の移民層の中にも、中東からの難民らに対して強い排斥感情があると言う。そこに渦巻く激しい感情の渦を、本書は、淡々とした語り口で紡ぎだしている。そこに至って、はじめてこれがマンガで描かれていることの必然性に思い当たった。ときどき挿入される、極端に大きなコマ割り、故郷のカット、怒りの感情のカット、顔の造形を消された人びとのカット。おとなしめのコマ割りに意図的に挿入されたこれらの仕掛けは、今の統一ドイツが数多くの激しい感情の只中にあることを、嫌が応にも読者に突き付けてくる。静かに語る主人公たちは、巨大な感情を画を通じて発散する。その発散こそが、今のドイツ社会が抱える負のエネルギーであり、実は自分たちもまた、この日本社会で目にしている濁流なのかもしれない。

 たしかに、日本のマンガ文化とは相当に異質だ。AfDの広報につながった日本のアニメ文化とも決定的に異なる。むしろポップアートの伝統を継いでいると言うべきだろうか。おもしろい「マンガ」でも、ストーリー重視のいわゆる「劇画」でもない。しかし、細かなエピソードを気ままに連ねていくことで、激しい現実社会のエネルギーを、時間を超えて伝えてくる。これはまぎれもなく、現代社会を描くマンガである。ドイツだけでなく、あからさまなマイノリティ差別が横行する日本でも、人びとは同じ風景を見ている。現代の世界に通底する人びとの感情のうねり。それをしっかりと内部に宿した文学作品なのだと思う。

(執筆:アムネスティ書評委員会 M.T)

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マッドジャーマンズ ― ドイツ移民物語

 

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