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死刑廃止 - 著名人メッセージ:ピーター・バラカンさん

ピーター・バラカンさん (ブロードキャスター)

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● 死刑制度をどう思われますか?

僕、完全に反対の立場です。理由はすごく単純です。人間の命をとる権利が人間にないと思うからです。ただそれだけ。人間同士は命をとる権利はないと思うのです。もし、それをやり始めたら、もう収拾がつかなくなってしまう。僕が国の指導者であれば、武器は一切持たない。できるだけ、人が暴力を振るいたくなるような空気、そういう社会にならないように努力すると思う。

でも、人それぞれいろいろな事情があるから、暴力を振るい、人の命をとってしまう人も出てくるかもしれない。でもね、そこで権力者がまたその人の命をとったところで何の意味もない。なぜそういう暴力を振るったかという、まず問題の根本原因を突き止めて、そこからその人の事情をただして、自分のやったことを心から後悔させる流れをつくることにこそ意味があると思う。すごく難しいことだけれど権力者はそれくらいの努力をしないと指導者という呼び名にも値しない。

● 生まれた国がお考えに影響していますか?

特にないと思います。イギリスだってずっと絞首刑という死刑制度を持っていました。今はなくなっています。EU(欧州連合)に加盟してからなくなったのですが、僕の子どものころは多くのイギリス人も何となく死刑制度を認めていたと思いますよ。凶悪犯罪のときには、人々は感情的になりますからね。ただ、マスメディアが、その感情をあおることがむしろいちばん危険なことかなと思います。

● 被害者感情から死刑は必要なのではという意見がありますが。

被害者がそういう感情になってしまうのはしかたがないと思うのです。ただ、客観的な立場をとらなければいけない司法関係者が同じように流れてしまって、その犯人の命をとってしまうというのは問題ですよね。なんのために司法制度があるかと言うと、それは犯罪の被害者になった人の感情で決着をつけないためにあるわけですから。難しいですね。犯人がなんらかの形で償う必要はもちろんあります。最終的に被害者、あるいは遺族が不本意ながらも納得する必要がありますからね。そうでなければ大きな問題が起きますから。それをどういう形で決着をつけるかというのは容易な話ではない。解決策もないです。ケース・バイ・ケースだと思います、結局は。

● 音楽を通じて死刑制度について問題提起ができるでしょうか?海外でははっきりと発言するアーティストもいますよね。

昔からそういう歌を作る人がいますね。だれが作ったかわからないようなフォークソングやマーダーバラード(murder ballad)と呼ばれる殺人事件を描いた物語性のある歌はたくさんあります。たいていは事実として描いています。それらは、はっきりとした死刑反対の形をとっていなくても、どちらかと言うと、反対というニュアンスがあるのです。

芸術というのは、新聞記事とはまた違うもので、ハッキリと書かなくても描き方しだいで、その人の姿勢を十分表せる。こういった問題は、論評で人を説得するのも一つのやり方なんですが、人々の価値観に訴えたいときに、潜在意識を通したほうが効果があると思います。それから、ニュアンスで攻めることをやっている人もたくさんいると思います。あるときは死刑反対の集会でギャラなしで歌うことで、自分の姿勢をはっきりと表す。こういうことは、アメリカではかなりやっています。

● 日本で音楽を創作する方々の中ではどうでしょうか。そういう意識を感じることは?

うーん、そういうミュージシャンがいないということはないと思うのですが、まずマスメディアでほとんど取り上げられませんね。だから、どこまで伝わるかと言ったらその人のファンだけで留まることが多いと思います。第一、やっているのかな? 日本のミュージシャンはどちらかというと無関心なのか、それともやっても不利益だとあきらめているのか、そのような印象を受けます。たとえば、原発反対の歌を作ったら、レコード会社がまず発売禁止にしてしまうことがあるでしょう。これは、アメリカだったら憲法問題になります。日本でも本当だったら憲法問題になるはずです。表現の自由が明らかに制限されているわけですからね。だから、そういうのが2つ、3つくらい起こると、やってもしょうがないと。やるなら自費出版でやることになる。それはそれで意味がないとは言いませんよ。でもたぶん、ミュージシャンたちの考え方があきらめのような方向に変わっていくと思います。

● 死刑制度が犯罪抑止なると言われますが。

よくそういうことが言われるのですが、統計を見ると明らかにそうではないことがわかりますから、これは政治家の建前に過ぎない。それと、人々を恐怖によって抑制するということを道義的に認めていいものなのかということに僕はちょっと、いいえ大変疑問があります。それは全体主義国のやることでしょ? 独裁者のやることですからね。民主国家と称する国でそういう政策を肯定することはおかしいと思います。極めて単純な話ですけど。

● 最後に日本の受刑者の処遇については?

日本のやり方は特にあるまじきことが多すぎると思います。親族に対しても執行の時期 を告げないでしょ。マスコミに対しても執行された後に初めて告知する。いくら何でも、これは非人間的です。またこういったことを批判しないマスコミに対して、昔から不思議に思っていました。まあ、そういうことを批判するのだったら、まずその制度自体も否定するべきだと思うけど。

それから、かなり前に読んだことですが、確かヒューマン・ライツ・ウオッチ(Human Rights Watch=ニューヨークに本拠を置く国際人権NGO)だったと思います。世界各国の刑務所の状況を比較する調査の一環で日本にも来ました。しかし、日本の刑務所に入ったら、受刑者たちはその調査員の姿を見ることすら許されず、終始壁に向っていなければならなかった。思うような取材ができないので、結局あきらめたそうですが、最終的に出した報告書の中で日本の刑務所の制度を強く批判したとのことでした。その話を聞いてぼくは唖然としました。日本の刑務所でここまで人権が脅かされているとは知りませんでしたからね。

もう一つ言うなら、日本のテレビ・ニュースで逮捕された人のことを今は「容疑者」と呼びますよね。以前は逮捕された段階で呼び捨てにしていましたが。これは基本的に人権を剥奪した表れだと思います。英語圏のメディアだと、「Mr/Mrs/Miss」をちゃんとつけますから。人間である以上、「さん」づけしておかしくないと思う。だから、日本は極端に呼び方――「容疑者」だとか、「被告」だとか「死刑囚」だとか――をあんなに区別しなくてもいいんじゃないかと思います。女性も容疑者になると「女」とされますしね。ぼくも報道番組に出るときはそういう言い方をせずに済む工夫をしますが、常にそういう意識を持っていないとついつい流されてしまうのですね。子どものときからそういう報道しか聞いていない人たちは、潜在意識でそれが当たり前のことになってしまいます。だから死刑だけではない、人権という考え方は本当に大きな問題です。

● このインタビューを読んでくださる方にメッセージがありましたら、お願いしたいのですが。

死刑以外で言うと、僕自身、最近歌にちょっとうならされたことがあります。Joss Stone(ジョス・ストーン)という17歳のイギリス人女性ソウルシンガーの“Right to be wrong”、つまり「失敗する権利」という歌があるんです。17歳だったらだれでもこう言いたくなるでしょうね。「私だって失敗する権利があるんだから、放っておいてくれ」と。要するに自分の間違いでしか学ぶことができないんです。いちいち親がしゃしゃり出て、結果的に失敗する権利を奪うのは逆効果だと、理屈では僕も以前からそう考えていたんだけど、実際には言わなくてもいいことをつい言ってしまうことがありますね。失敗する権利が誰にでもあることを自分できちんと認識し、子供を黙って見守ることをできるだけ実行したいね。

(2005年1月17日 インタビュー)

 

【ピーター・バラカン(Peter Barakan)さんのプロフィール】

1951年ロンドンに生まれる。ロンドン大学日本語学科卒業後、1974年、来日。現在TBS-TV で「CBSドキュメント」(アメリカCBS局制作番組60 Minutesを主な素材とする、社会問題を扱ったドキュメンタリ-番組)の司会を担当。また、NHK-FMで土曜日朝7時15分~9時の「ウィークエンド・サンシャイン」、Inter-FMでは毎週日曜日夜7時~9時の「バラカン・ビ-ト」を担当。朝日新聞で洋楽のレコード紹介、月刊「プレイボーイ」誌でコラムを連載中。著書は『Love Songs』(求龍堂)、『ぼくが愛するロック名盤240』(講談社プラス・アルファ文庫)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)など。

平田オリザさん(劇作家・演出家、大阪大学教授)

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