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人権。それは私たちの手で作っていくもの

前章では、「権利」という概念をもとに、「人権」を考えました。本章では、「人権」がどのようにつくられていくのか。権利がどのようなプロセスを経て「人権」になっていくのか、ということを、「人権バスケット」という考え方を用いて、具体的に考えていきます。

人権は、私たちの手でつくっていくもの

人権は私たちの手でつくっていくもの

では、「人権」はどのように生まれるのでしょうか? それは、すでに完成しているものなのでしょうか? 誰かが与えてくれるものなのでしょうか?

人権は、誰かから与えられるものではありません。人びとの要求により、生み出されます。つまり、「人権」とは、私たちの手でつくっていくものなのです。

さらに重要なことは、「人権の中には、つねに形成の途上のものがある」ということです。

人権バスケット

「形成の途上」といっても、ピンとこないかもしれません。では、一つの大きなバスケット(かご)を想像してみてください。

そのバスケットの中に入れられた権利は、特別の権利、人権です。権利は、そこに入っていると優先的に社会全体で(とりわけ国家が)、守らなくてはならないということになっています。人権は、さまざまな人が、「この権利をちゃんと保障しないと人間らしく生きることができない」と主張し、バスケットの中に入れようと提案することでつくられていきます。

はじめに、人権バスケットの中に入れられたのは、言論の自由や信教の自由、結社の自由などです。これらは、最初は19世紀のヨーロッパで「人権」だと主張され、今では当たり前になっています。でも、昔は選挙権は女性には認められていませんでした。すべての成人が投票する権利=普通選挙権が人権バスケットに入っていくのは、第二次世界大戦後です。さらに、さまざまな議論の後で、労働の権利、文化的権利、教育を受ける権利、医療の権利などが人権バスケットの中に入れられていきました。小学校教育を無償で受ける権利、労働組合を作る権利など、今の私たちの「あたりまえ」は、昔は少しもあたりまえではなかったのです。

どうなったら人権バスケットに入る?

人権は、人間らしく生きるための条件をみんなが主張することで生まれると述べました。でもどうやったら、「人権が生まれた」ことになるのでしょうか。

日本を例に考えてみましょう。もっとも基本的な人間の自由や、社会のあり方にかかわる人権は、憲法で決められています。言論・表現の自由、身体の自由、差別されないこと、教育を受ける権利があることなど、日本の憲法はたくさんの人権をしっかりと確認しています。もっと具体的な法律で、人権の内容や守る責任者などを決めている場合もあります。たとえば、「児童虐待防止法」では、こどもが虐待されない権利について誰がどんな責任を持つのかなどを具体的に決めていますね。日本社会で、こうした法律や憲法で決められているものは日本の「人権バスケット」の中にはっきり入っています。

でも、他にもあります。日本は国際社会の一員です。国際社会には、人権条約という人権についてのさまざまな国際条約(国際的な法律)があり、そこでも多くの権利が人権だとされています。国際社会の人権バスケットがあるわけです。そこに入っている権利の中には、死刑廃止などのように日本ではまだ認められていないものもあります。


どんな権利が人権バスケットに入るか?~人権の基準って何だ?~

人権が存在する目的。それは、人間の尊厳を護ることです。では、尊厳とは何でしょうか?これを定義するのは簡単ではありませんが、もし自分が尊厳を奪われた状態になったときには、比較的簡単に実感できるでしょう。

たとえば、肌の色や人種などの理由で、他人にバカにされたり、店に入れなかったりすること。自分の考え方を述べただけで、自由を奪われてしまうこと。悪いことをしていないのに、逮捕され、暴力をふるわれること。自分も一員である社会のはずなのに、そのあり方に発言することすら認められないこと。教育を受ける機会を奪われてきたために、文字も読めず、人にだまされてしまうこと。こういう状況になったときに、私たちは、どうしようもない悔しさを感じることでしょう。

このように、誰でも感じる不当な「苦しみ」「悔しさ」を繰り返さないようにするために、一つ一つの権利が人権とされてきました。

ただ、あえて整理するならば、「公正」「自己決定(自由)」「生存」というキーワードで権利が人権となる条件を考えることができます。

世界人権宣言の1条にも「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもつて行動しなければならない。」とありますが、これは、このような人権の基本について書いているのです。すべての人は「自由」であるということは、自分の決定を認められなくてはならないということです。自分たちが作る社会のあり方についても、発言し参加することもできなくてはなりません。平等であるということは、公正に扱われることをもとめることができるということです。そして、これらの前提に、人間として認められ生きることができなくてはならないということがあります。

どの人権の要求の裏にも、かならず自由、公正や命を脅かされている誰かの苦しみがあります。不当な理由で、苦しみが生まれないように人類が知恵を絞って創り出してきたのが、人権なのです。

第二次世界大戦では、数千万人が命を奪われました。家族を奪われた者、拷問された者、餓死した者、強姦された者、処刑された者、かれらの苦しみが、そして「このような悲劇が二度と起こらないように」という未来への願いが、世界人権宣言という、共通の基準を作り上げたのです。

このように、私たち一人ひとりが、人間が人間らしく生きるための条件を、特別な「権利」とし、その実現を法律・制度的として保障する、という発想が人権を生み出していくのです。


人権について考える3つのステップ

  1. 私たちの生活を支えている「人権」と「権利」

  2. 人権。それは私たちの手で作っていくもの

  3. 世界人権宣言ってなんだろう?

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