チベット、半世紀つづく人権侵害[チーム]
チベットは今年3月10日、中国政府の支配に抵抗して起こった、ラサ蜂起から50年を迎えます。
昨年は北京オリンピックが開催され、中国は発展をとげたように見えます。
しかし、その影には人権状況の悪化という大きな問題を残しました。
アムド(青海省)でデモをする僧侶たち 2008年3月15日 (C)TCHRD
チベットではいまだに自由な宗教活動やダライ・ラマの支持を表明することも許されていません。政府の事業で雇われたチベット人の賃金が支払われない、雇用を拒否されるなど、中国の経済発展がもたらす利益からも排除されています。
こうした人権侵害に対し、緊急に中国政府が対策をとるよう要請します。
2008年3月、チベットでは大規模な抗議行動が起こりました。中国政府の政策に不満を抱えた人びとの抗議はチベット自治区だけでなく、青海省、甘粛省、四川省といったチベット人が多く住む地域に広がっていきました。
抗議の鎮圧に駆けつける無数の公安の姿/チベット自治区ラサ 2008年3月 (C)TCHRD
3月10日に抗議をして拘束された人びとは、静かに行進していた、あるいはチラシを配っていただけでした。不当な拘束に抗議する人びとが集まり、3月14日には暴動にまで発展しました。静かに抗議をしていた人びとに対しても中国当局は実弾を使用するなどの武力で弾圧しました。このため多くの犠牲者を出し、2008年3月の時点で死者は79人から140人、拘束された人数は1200人から2000人以上と伝えられました。
また、中国当局は2009年1月18日からチベットの首都ラサで「厳打統一点検キャンペーン」を開始し、住居やホテルなどさまざまな場所を「強制捜査」しました。24日までに警察は容疑者81人を拘束したと伝えられています。現在も拘束された人びとの氏名や居場所がわからず、拘禁中に、拷問や虐待をされている可能性が高く、人権状況は深刻です。
今年の3月10日は、中国政府の支配に抵抗して起きた「ラサ蜂起」から50年目でもあります。1959年3月10日、ダライ・ラマ暗殺を恐れたラサの人びとがダライ・ラマの宮殿を囲み、常置の警備を組織し、中国のチベットからの撤退とチベットの独立を求めました。ダライ・ラマはこの2週間後にインドへ亡命しました。「ラサ蜂起」では87,000人のチベット人が殺され、検挙され、または強制労働所に送られたといいます。