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中国:1989年の天安門広場における弾圧への独立した調査を

2009年6月 2日
国・地域:中国
トピック:
中国当局は、1989年の天安門広場とその周辺での平和的デモに対する暴力的な軍事弾圧について、公開かつ独立した調査を行なうべきである、とアムネスティ・インターナショナルは本日述べた。

中国政府は、1989年6月に数百人もの死者と負傷者を出した軍事弾圧を解明するための試みをことごとく阻止している。天安門事件20周年が近づくなか、当局は、最近の活動家や弁護士に対する弾圧を強化さえしている。

中国政府は公式の統計を公表していないが、複数のNGO(非政府組織)は、少なくとも20人、おそらく200人程度が、1989年の民主化を求める抗議行動への関与によっていまだに拘禁されていると推定している。

「全国人民代表大会はその権限として、弾圧の末に死亡した人びと、投獄された人びと、そしていまだ獄中にある人びとへの償いのための道を開く能力を持っている」。アムネスティは、2009年5月13日に中国の全国人民代表大会の呉邦国(Wu Bangguo)議長に送った公開書簡の中で、そのように述べた。

「獄中にある多くの人びとが、1997年に中国の刑法から削除された『反革命』の罪によって有罪とされた」と、アムネスティ・インターナショナルのアジア太平洋部副部長ロジーン・ライフは語った。「中国当局は、説明責任への第一歩として、直ちにこれらの囚人たちを釈放するべきである」

天安門民主化運動との関連で投獄されている人びとのすべてが20年前の抗議行動に実際に参加したわけではない。中国当局が現在行っている天安門事件に対する公の議論への弾圧でもわかるように、多くの人が1989年以降に、例えばインターネット上で弾圧を追悼するオンライン・ディスカッションを主催したり、詩を投稿したりするといった、表現の自由の権利を行使しただけで拘禁刑を言い渡されている。

中国当局が1989年の事件についての公の討論を抑え込むための手段は、投獄だけではない。 「天安門の母たち」グループの著名な指導者である、丁子霖(Ding Zilin)と蒋培坤(Jiang Peikun)は、頻繁に警察による嫌がらせや恣意的な拘禁を受けている。5月、彼女らはある追悼の儀式への出席を禁じられた。グループの他の50人のメンバーは出席を許されており、彼女たちは国家保安省に対して、部外者、とくにジャーナリストは集会に出席しないと約束していたにもかかわらずである。

アムネスティ・インターナショナルの年次報告書「アムネスティ・レポート」発表の際、事務総長アイリーン・カーンは、中国政府に対し、市民的および政治的権利に関する国際規約(自由権規約)に署名し批准するように要請した。アムネスティは、違法な拘禁を根絶し、中国の憲法で保障された人権を保護するための規定を持つ国家人権行動計画の開始など、中国政府の最近のイニシアチブを歓迎するが、この計画の成功は現実に実施されるかどうかにかかっている。

「世界的な経済悪化のさなか、中国政府は、世界経済システムの安定のためにリーダーシップを取るつもりであることを明らかにしている。しかし、人権を守ることに関して、中国政府は一貫して世界の期待に応えようとしていない。20年前の天安門広場での行動のために投獄されている多くの人びとの存在が、中国においていまだに蔓延している人権に対する責任の欠落の証拠である」と、ロジーン・ライフは語った。

最近の事例:
天安門弾圧の20周年が近づくにつれて、中国当局は国中の人権活動家への抑圧を強化させている。アムネスティ・インターナショナルは、2009年に入ってから当局によって一時的に拘禁されていたか暴力を受けていた活動家の少なくとも100件の事例を記録している。彼らは土地の権利、居住の権利、労働の権利を守ろうとしたため、あるいは司法と政治の改革を求める請願書である「08憲章」の署名者を擁護したために、依然として尋問を受けている。これらの事例のいくつかは、20周年を前にした活動家の監視に関連するものである。

2009年の最初の4カ月で、アムネスティは、弁護士が依頼人を弁護したために当局により暴力で脅迫された事例を少なくとも4件、弁護士が会合への参加や代理人を務めることを妨害された事例を少なくとも10件、そして弁護士が自らの職務を理由に拘禁された事例を少なくとも1件記録している。弁護士たちは最近、権利擁護の事件に取り組む彼らの仕事への報復として、弁護士免許を剥奪すると脅迫されている。

以下は、1989年の抗議行動に関係して拘禁された個人の詳細である。彼らは今後数年の間に刑務所から釈放される予定である:

Jiang Yaqunは逮捕時に40代であった。彼は当初、「反革命的妨害行為」により執行猶予付き死刑判決を受けた。3回の減刑を受けた後、彼は2014年10月に北京のJinzhong刑務所から釈放される予定である。

Li Yujunは当初、放火の罪で2年の執行猶予付き死刑判決を受け、北京第2刑務所に拘禁されている。6回の減刑の後、Liは2014年11月に釈放される予定である。

Zhu Gengshengも、「我々は勝つ!」と叫びながら、火をつけられた戦車の上で旗を振ったとして「反革命的妨害行為」で有罪となった。Zhuは当初、2年の執行猶予付き死刑判決を受け、現在は北京第2刑務所に収監されている。彼は5回の減刑を受け、釈放予定は2013年4月である。

以下の人びとは、天安門民主化運動に関係した人権活動のために中国当局による迫害を受け続けている。

Huang Qiは、天安門広場における抗議行動についてのオンライン・ディスカッションを主催したとして、5年の刑を宣告された。Huang Qiに対する「証拠」には、自分のウェブサイトに投稿した天安門弾圧に関するアムネスティの文書についての言及が含まれていた。彼は2005年6月4日に釈放された。釈放後もHuang Qiは自分のウェブサイトや人権活動を続け、おそらく昨年の四川大地震で子どもが死亡した5家族を支援したことを理由に、2008年6月に再び拘禁された。

1989年の天安門弾圧の際に銃で撃たれ負傷し後遺症がある斉志勇(Qi Zhiyong)は、4月15日、警察によって拘束された際に、その旨をテキストメッセージで報道関係者に伝えた。Qi Zhiyongの拘禁は、胡耀邦元総書記の死の20周年と関連していると考えられている。胡元総書記の死は民主化運動のきっかけであった。

亡命した1989年民主化運動の学生リーダーであるZhou Yongjunの例は、別の恣意的な拘禁の仕方を示している。Zhou Yongjunは1989年の民主化抗議行動に関与したとして2年の刑を宣告され、釈放後米国に亡命した。彼は1998年に中国へ帰国した際に、3年間「労働による再教育(労働教養)」へ送られた。昨年10月、香港経由で中国への再入国を試みた際にも、彼は深川の中国当局によって再び拘禁された。彼の姉妹によれば、中国当局はZhou Yongjunの再度の拘禁を否定した。しかし2009年5月、AP通信社を含む海外メディアは、Zhou Yongjunは詐欺罪で公式に起訴されたと報道した。

アムネスティ発表国際ニュース
2009年6月2日
 

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