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中国:人権活動家黄琦の釈放を

2009年7月31日
国・地域:中国
トピック:危機にある個人
中国当局は、四川省で活動している人権活動家の黄琦(Huang Qi)に対する政治的動機に基づく訴訟を取り下げ、即時かつ無条件に彼を釈放するべきであると、アムネスティ・インターナショナルは述べた。

13カ月以上に渡る拘禁の後、黄琦に対する非公開の裁判が8月5日に成都市の武侯区人民法院で行われる予定である。黄琦は「国家重要機密文書の不法所持」の罪に問われており、有罪の判決を受ければ最長3年の刑に処されることとなる。

もし黄琦が国家機密にかかわる容疑で有罪となれば、黄琦は合法的な権利擁護活動を罰するために中国当局が利用している、広範かつあいまいで遡及的な国家機密制度のさらなる犠牲者となるであろう。

現地からの情報によると、警察は黄琦に対して続けざまに長時間の取調べを行い、ときには彼の睡眠時間を奪うこともあった。黄琦は、5人の小学生の家族が地方当局に対し訴訟を起こそうとすることを支援した件で、繰り返し尋問を受けた。5人の子どもは2008年5月に起きた四川大地震の際、通っていた小学校の倒壊により亡くなった。亡くなった子どもたちの家族は、地方当局が関与した汚職が複数の公共施設のお粗末な建築につながったと考えている。これらの公共施設は地震で倒壊した。

黄琦の家族は、彼が拘禁中に十分な医療を受けられずにいることを危惧している。黄琦は5月26日に担当弁護士である莫少平(Mo Shaoping)と接見した際に、拘禁施設の担当医師から、2つの腫瘍(1つは胃、もう1つは胸部)があり2009年3月から症状が進行していると診断された、と訴えた。彼はまた、頻繁な頭痛、不規則な心拍、不眠症に苦しんでいる。

黄琦に対する刑事訴訟の手続きは通常の規則を逸脱している。2008年6月10日、彼は3人の正体不明の人物により拉致され車で連れ去られた。後に成都市公安当局の警察官により拘束されたことが明らかとなった。警察は、法で定められた24時間以内の家族への拘禁通知をおこなわず、拉致から6日後に初めて家族に通知した。弁護士法に反して、当局は国家機密を理由に弁護団と家族が彼と会うことを禁じた。黄琦の弁護人である丁錫奎(Ding Xikui)との最初の接見を許可したのは、隔離拘禁から100日以上もたった2008年9月23日だった。

2009年2月3日、法廷は再び弁護士法に反して、国家機密を理由に丁錫奎が裁判の準備に必要な書類をコピーすることを禁じた。2月2日、裁判所は刑事訴訟法で定められた3日前までに黄琦の裁判の公示を行わず、家族と弁護団に対し裁判の前日に通達をした。同日、弁護団の異議申し立てにより、法廷は裁判の延期を認めた。

背景:
黄琦の家族によれば、彼は水頭症を患っており、脳に水分が過剰に溜まり有害な圧迫をかけ得る症状を持っているという。捜査と公判を待つ間彼を保釈するよう求める家族の数度にわたる申請を、当局は却下している。

成都市武侯区にある人民検察院は、起訴の前にさらに調査を行うよう、捜査当局に対し2度に渡って黄琦の事件を差し戻している。

黄琦は2003年5月9日、自らのホームページ www.64tianwang.com で以前から公表していた資料が当局によって政治的に問題であると見なされ、「国家政権転覆扇動罪」で5年の刑の判決を受けた。公開された資料には、アムネスティが発表した文書「中国:天安門から11年、忘れられた囚人たち(The people's Republic of China, Tiananmen-Eleven Years on - Forgotten Prisoners(AI Index: ASA 17/017/2000 , 2000年5月))が含まれている。黄琦は2000年6月3日に身柄を拘束されていたため、2005年6月4日に刑期満了により釈放された。

アムネスティ発表国際ニュース
2009年7月31日

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