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セルビア(コソボを含む):ロマの人びとのコソボへの強制送還を停止せよ

2010年10月13日
国・地域:セルビア(コソボを含む)
トピック:先住民族/少数民族
欧州連合諸国は、ロマの人びとや、その他の少数民族のコソボへの強制送還をやめるべきである。アムネスティ・インターナショナルは9月28日に発表した報告書の中で、このように述べた。

報告書『どこでも邪魔者扱い:コソボへのロマの強制送還を停止せよ』では、ロマやその他の少数民族の人びとが、子どもも含めて、しばしば身につけている衣服以外何も持たずにコソボに強制送還され、継続的な差別と暴力を受ける危機に直面している様子が明らかにされている。

「EU諸国は迫害や深刻な危害にあう恐れのある場所へ人びとを追い返すことで、国際法に違反する危険を冒している。コソボのロマや他の少数民族がコソボへ無事に戻ることができるまで、EUは彼らを国際的に保護すべきだ」とアムネスティのコソボ専門家シャーン・ジョーンズは語った。

「また、コソボ当局は、ロマの人びととその他の少数民族が自発的に帰国し、コソボ社会に十分に復帰できるようにしなければならない」

多くの人びとが、深夜から早朝の時間帯に警察に捕えられ、所持品を集める時間もないまま、着のみ着のままで送還されている。

コソボへ戻るために何らかの援助を受けている人はごく少数であるということは、多くの人びとは教育、医療、住居や社会保障を得るうえで、問題に直面してしまうことを意味している。

仕事を見つけられるロマの人びとは、ほんの一握りであり、失業率は97%にのぼる。コソボ人口の最貧層15%に入る割合は、ロマの場合他の民族の約2倍である。

民族間の抗争が続いている一方、コソボのロマに対する差別は、ロマがコソボのセルビア人と関係があると思われているためにさらにひどくなり、広範で組織的なものとなっている。コソボのロマは大部分がセルビア語を話し、多くの場合セルビア人地区に住んでいるために、依然セルビア人社会と結びついているとみなされている。
シャーン・ジョーンズ は「最近コソボ政府は、帰還者の受け入れと社会復帰の状況を改善するための方策を実施した。しかし、当局は継続的帰還を確かにするための、財源・能力・人材・政策を持っていない」と語った。

推定では、強制送還された者のうち約50%は、再びコソボを去ると見られている。

このような強制送還は、コソボ政府とEU加盟国・スイスの間で結ばれた双務協定(交渉中のものを含む)のもとで行われている。

報告によれば、ドイツだけでも約一万人のロマの人びとが法律により国外退去を余儀なくされ、そのためコソボへ強制送還される危険にさらされている。

本当に自発的に帰還したい者を排除してはならないが、報告によれば強制送還するという脅しを受けてやむなく帰還に同意した人びとがいることを、アムネスティは憂慮している。

「ロマと、セルビア人やアルバニア系少数民族を含む他の少数民族の基本的人権をコソボ政府が保証できるようになるまで、彼らは帰国すれば暴力と差別の環境に直面するだろう。そのときまで、国際社会は彼らを保護する義務がある」とシャーン・ジョーンズは語った。

事例
イルファンは1992年、5歳のときに家族とともにコソボを離れていた。2010年4月、朝の3時半に何の警告もなしに警察がやって来た。警察は彼に手錠をはめ、ミニバンに乗せてバーデン・バーデン空港に運んだ。イルファンは持ち物をまとめる時間がなかった。彼はNGOから300ユーロを受け取った。空港内のエリアで彼は登録され50ユーロと2日間のホテルの部屋を与えられた。

コソボに戻り、隣人と共同生活を始めた彼は、プリメンティナにある、荒れ果てた元の実家を住めるように直そうとしていた。彼は瓦礫を取り除いたが、戸や窓を取り換えたり屋根を修理する金がなかった。「私は一体どうしたらよいのでしょう?」と彼はアムネスティにたずねた。

22歳のリュリは2010年4月にドイツから強制送還された。彼は夜中に警察に起こされ、服を着て身の回りの物をまとめるのに10分だけ与えられた。彼はセルビア語もアルバニア語も話すことができず、簡単なロマ語を理解できるだけである。何年か前にコソボに強制送還された兄とでさえ意思疎通をすることができなかった。リュリがコソボを離れたのは2歳の時だった。

彼は、アパートの家賃6カ月分の補助と必需品を買うために350ユーロを与えられた。セルビア語やアルバニア語を学ぶための援助を申し出る人はいなかった。

背景情報
1999年のコソボ紛争以後、多くのセルビア人とロマがセルビアへ逃れ、他の人びとはEU諸国とスイスに国際的な保護を求めた。

2004年3月、アルバニア人とセルビア人との間の民族抗争が勃発したため、セルビア人とロマは再びコソボを脱出することを余儀なくされた。この抗争はロマの人びとの社会にも影響を与えた。

現在強制送還されている人びとの多くもまた、当時のユーゴスラビア社会主義連邦共和国で戦争が勃発した1990年代初めにコソボを離れた。

2008年2月のコソボによる一方的な独立宣言を受けて、コソボ当局は帰還者を受け入れるようEU諸国からますます圧力を受けるようになった。

アムネスティ発表国際ニュース
2010年9月28日

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