アフガニスタン:自由を求めて闘う女性にエールを

アフガニスタンでは、女性の自由を求めて必死に闘っている人たちがいます。

女性に読み書きを教え、DV被害者を助け、強制結婚や早期結婚の問題を社会に広めるなど、女性が置かれている悲惨な状況を変えようと、日々、奔走している女性たちです。

そんな彼女たちが、いま、脅迫や暴力にさらされています。止めるには、あなたの力が必要です。

 

アフガニスタンでは、女性が日常的に差別や暴力に苦しんでいます。仕事に就いたり教育を受けたりすることは許されず、自分の意思と反する結婚を強要され、家庭内で暴力を振るわれても、その非は女性にあるとされてしまう・・・そんな状況下で暮らしているのです。

そんな中、活動家、ジャーナリスト、教師、医療専門家、政治家、活動家として活躍する女性が、教育、医療、福祉とあらゆる方面から、女性の権利を守るために奮闘しています。

しかしそんな彼女たちが、いま、大きな危険にさらされています。中には殺されたり、国を逃れざるを得ない人たちもいます。アフガニスタンでは、政府、タリバンなどの武装組織、そして時には家族までもがそうした活動を、文化や社会規範に楯突くものだとみなしているからです。

 

「この国の再建に努めることこそ、私の役目だと信じています」
パーウィーンさん(女学校校長)

パーウィーンさんは首都カーブルにほど近いラグマーン州の女学校で校長を務めていますが、繰り返し脅迫を受けた上、息子を誘拐され殺されるという残酷な体験をしています。

「2009年4月、当時18歳だった息子のハマヨンが何者かに誘拐されました。犯人はアフガニスタンの発展と成長に反対する者たちです。3日後、誘拐犯から連絡を受け、これが息子と話せる最後の時だと告げられました。なぜこんな酷いことをするのかと夫が聞くと、『お前の妻が女学校の校長でアメリカのために働いているからだ』と言われました。私が最後に聞いた息子の言葉は、『家に帰りたい』という叫びでした。それから1年3カ月後、息子は死体になって発見されました。遺体には12発の銃弾の痕がありました」

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パーウィーンさんは今でも脅迫を受けています。引っ越してはまた見つかり脅迫を受けるという繰り返しで、もはや心安らげる場所はありません。助けを求めても、報復を恐れてか、手を差し伸べる者はほとんどいないそうです。2012年2月には、爆弾による攻撃を受け、夫が重傷を負っています。

「この地を捨て、逃げだすこともできます。しかし、それは私が目指していることではありません。教養のあった父は、私に教育を受けさせてくれました。父は私に、アフガニスタンの成長と繁栄のために力を尽くすようにと、言い残しました。子どもの教育を向上させ、この国の再建に努めることこそ私の役目だと信じています」

「家を出るな、働くなと、脅迫を受け、見知らぬ男につきまとわれています。それでも私は、女性への差別、暴力と闘い続けます」シャーラさん(人権活動家・教師)

教師のシャーラさんはタリバンの影響力が強いヘルマンド州で、女性の人権を守るために活動しています。自身の身に起きた危機を語ってくれました。

「私は、家庭内暴力に苦しむあまり、自殺や自傷行為に走る女性を助けています。ここでは、DV事件のほとんどは警察に通報されることはありません。被害届を出したら、逆に女性の方が刑務所に入れられてしまう。社会からは『悪い妻』『悪い娘』と見なされるんです。村の長が家族問題に介入してきて、女性に不公平な判断が下されることも少なくありません」

現在ヘルマンド刑務所には20~30人近くの女性が収容されていますが、ほとんどがDVの被害者です。ヘルマンドには暴力を振るわれた女性を保護するDVシェルターがないそうです。離婚を申し出たところで弁護してくれる人はおらず、警察も相手にしてくれない。どこにも逃げ場がないのです。

「この地域は女性への差別意識が根強く、女性への暴力が絶えません。さらに、国際社会の関心がアフガニスタンから離れるなか、治安は悪くなる一方です。私も家から出るな、働くなと、多くの脅迫を受け、見知らぬ男につきまとわれています。それでも女性への差別、暴力と闘い続けます」

アクションに参加しよう!

アフガニスタンで闘う勇敢な女性たちを守るようカルザイ大統領に要請して下さい。
※署名はアムネスティ日本で取りまとめて、アフガニスタン政府に送ります。

アクション期間 終了しました。(2013年9月2日~11月10日)
要請先 アフガニスタン政府