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Justice for Okunishi :今すぐ奥西勝さんの再審開始を!

奥西勝さん 今年で89歳になる

署名参加者数

「私も命のあるかぎり頑張りますので、一日も早く再審開始を決定して、えん罪の苦しみを皆さんの温かいご支援で晴らして下さいますようお願い申し上げます」― 奥西さんの手紙より

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Okunishi Masaru has spent more than 45 years facing execution and is one of the longest-serving death row prisoners in the world. He "confessed" to the murder of five women in 1961 after several days of intense interrogation by police, and later said that he had been forced to confess. Okunishi is now 89 years old and in poor health, and he is desperate for a chance to clear his name before he dies. Call on the Japanese authorities to ensure Okunishi is granted a retrial without delay.

Background

On 23 March 1961, Okunishi Masaru, a farmer in his mid-thirties, took bottles of wine to a meeting at a community centre in his home town, Minanokai in central Japan. The elected head of the town had given him the wine to take to the meeting. The wine turned out to be laced with pesticide, which killed five women, among them both Okunishi's wife and his mistress, and made 12 other people sick. Okunishi was brought to the police station and was interrogated over the next five days. While being interrogated he was not allowed to have a lawyer present. He confessed to the crime and charged with murder.

During his trial, Okunishi said that he had been forced to confess during the interrogations, and was acquitted for lack of evidence. However, the verdict was reversed by the Nagoya High Court, which sentenced him to death on 10 September 1969.

Okunishi Masaru has spent over half his life in custody, and has been on death row since 1972, knowing he could be executed at any time. He is one of Japan's longest-serving death row inmates. His lawyers have made repeated requests for a retrial, without success. In April 2005 the Nagoya High Court granted Okunishi a retrial at the seventh request. His lawyers had submitted new evidence to show that the pesticide in the wine was not that named by Okunishi in his confession. However, the prosecution objected, and the court reversed their decision to proceed with the retrial.

The High Court is currently examining the lawyers' ninth request for a retrial, while Okunishi remains detained in medical prison after being admitted for pneumonia in 2012.

一審で無罪になったのにもかかわらず、一転して有罪、死刑判決を受けてから45年。最高裁で死刑が確定したのは1972年6月15日のことです。確定から43年もの間、奥西さんは拘置所で、その人生の半分以上を過ごしてきました。

証拠に問題があるとして、弁護団はえん罪を主張し争ってきました。再審請求が棄却され、それに対する異議申し立てが何度も繰り返され、今年5月には実に9回目の再審請求が行われています。

奥西さんは今年1月14日に89歳になりました。体調もすぐれず、八王子医療刑務所に収監されています。「命のあるかぎり頑張ります」と決意する奥西さんのため、一刻も早く再審開始の決定が行われるよう、要請してください!

物証が乏しい中で自白に追い込まれて

1961年3月に、女性5人が毒殺された『名張毒ぶどう酒事件』は起こりました。奥西さんは、被害者のうち2人と関係があったというだけで、早朝から深夜まで連日取調べを受け、自白に追い込まれました。裁判では自白は強要されたものであると、自白を撤回して無罪を訴えました。そのため、地方裁判所は、限られた物証では奥西さんが犯人であると断定できるものではなく、自白も信憑性に欠けるとして、無罪判決を言い渡しました。しかしその後、一転して高等裁判所は死刑判決を下しました。その根拠となったのが、唯一の物証写真に対する虚偽鑑定でした。

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1964年、第一審の津地方裁判所は、唯一の物証とされたぶどう酒びん王冠の歯形は奥西さんのものとは断定できず、また奥西さんの自白は信用できないとし、無罪判決を言い渡しました。しかし、1969年、名古屋高等裁判所は、王冠の傷痕は奥西さんの歯形と一致するという鑑定などを根拠に、一転して死刑判決を下し、1972年に最高裁で死刑判決が確定しました。その後、奥西さんは9回にわたる再審請求を行っており、その中で、有罪の根拠とされた王冠の歯形の鑑定が、鑑定写真の倍率を操作した虚偽鑑定であったことが判明したのです。

多くの支援を得て希望を失わずに

90歳に手が届く奥西さんは2012年に体調を崩し、医療刑務所に収監され、喉を手術しました。現在は声が出せず、苦しんでいます。確定死刑囚となった今、唯一面会できるのは親族、弁護人、特別面会人です。しかし、面会では、ボードの持ち込みが禁止されており、指で宙に文字を書こうとするのですが、うまくいかず、ストレスで血圧が上昇し、面会が中止になってしまうこともあるそうです。また、今年5月には、高熱が続き面会もできない状態でした。

アムネスティは長年、奥西さんの支援を行ってきました。世界各国の支部からも、多くの署名やハガキが届けられています。奥西さん本人へ手紙の差し入れをすることはほとんどできず、特別面会人の方を通じて、口頭で報告していただいています。面会をすると、「ありがとう」と口を動かして伝えてくれるそうです。

TAKE ACTION

奥西さんの年齢、体調を考えると、残された時間は多くありません。あらためて、名古屋高検に対して第9次再審開始を求める要請にご協力ください。署名はアムネスティ日本でとりまとめ、名古屋高検に提出します。

Appeal target
(要請先)
Nagoya High Public Prosecutors Office Superintending prosecutor
(名古屋高等検察庁 田内正宏検事長)
Deadline
(締切日)
August 31, 2015
このアクションは終了しました。(2015年6月15日~9月17日)

 

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