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人権の「今」がわかるニュース

イベント報告【活動報告】網走監獄博物館見学記

2019年9月23日に飛行機で札幌から女満別空港に飛び、バスで網走バスターミナルに行きました。幸い台風17号は日本海上で消滅したので飛行機もあまり揺れませんでした。

他の参加者は東京や広島など全国から集まり天候が悪く開催が危ぶまれましたが、結果的に網走は天気もよくなって、決行したのが正解でした。

翌24日は午前中に、網走監獄博物館を、午後に本物の刑務所を見学するのでややタイトなスケジュールでした。午前9時過ぎにJR網走駅で参加者の皆さんと待ち合わせ、タクシーで博物館に行きました。

博物館は網走の近くにある天都山という小高い山の中腹にあり、下界の見晴らしもよく、広大な敷地の中に網走刑務所の建て替えにより使われなくなった建物がつぎつぎと移築され、さらには、釧路地方裁判所網走支部の建物も移築され、それらが点在する景色は壮観でした。

博物館の入り口の正面に典型的な明治の官署の建物の様式に従って作られた旧庁舎が聳えており、それがビジターセンターになっていますが、典獄室(刑務所長室)がそのまま再現され、また各種の資料を見ることができ興味深いところでした。

丁度若い女性ガイドのツアーがはじまるというので私たちもそれについていくことにしました。

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網走監獄の最初の門の模型、教誨堂、懲罰用の独居房、囚人用の浴場を見てから、囚人棟に行きました。これは、木造1階建てで、ベルギーで最初に作られた、放射状に囚人棟が展開している建物です。

扇の要の位置に看守がいて、全部の廊下を見通せるという合理的な構造に驚くとともの感心しました。

ここでは、昭和の脱走王といわれ、網走監獄も脱走した囚人の話など説明がいろいろあり面白かったのですが、同じ形式の建物は日本にもう一つ旧奈良少年刑務所(旧奈良監獄)があり、そちらは2階建て鉄筋コンクリートだそうで、2021年にはホテルになるそうです。

そのあと、比較的最近できた監獄歴史舘に案内されましたが、そこでは、現在の網走刑務所の雑居房と独房の模型があり、自由に房の中に入って雰囲気を味わうことができました。

もっともその建物の目玉は、明治政府が対ロシア防衛目的で急いで作ろうとし、網走監獄の囚人を酷使した中央道路(網走から北見を抜け旭川に通じる道路)の建設作業の厳しさを映像と効果音で実感させるバーチャルリアリティー空間でした。

作業に従事した1300人あまりの囚人のうち1年間で200人もの人々が犠牲になったという過酷さを少しは感じることができました。

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ガイドツアはここで終わり、そこから、自由に散策して、農作業に従事している囚人の模型や囚人監視用の高い望楼がある広い農場を回り、味噌蔵、漬け物庫などを見学しました。

休泊所という看板のある小屋があったのでそこにも行きましたが、それは、道路建設は道路ができるにつれて先に進んでいくため、囚人の宿泊施設も移動式にせざるをえないので木造の急ごしらえで作った建物でした。

枕の代わりに長い丸太がおかれていて、囚人達はそれに頭を載せて寝ていました。朝になると刑務官が丸太を棒でたたいて囚人を起こしたそうです。

「たたき起こす」という言葉はそこからでたのだというのと、この簡易な小屋の形式は後に炭鉱労働でのたこ部屋に応用されたというのがガイドの説明でした。

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天都山にはオホーツク流氷館や北海道立北方民族博物館があり、オホーツク流氷館では流氷にさわることができるなどそちらも観光客の多くが足をのばすようです。

網走は、JR網走駅と網走バスターミナルの間に結構大きな商店街がありますが、歩いてみても商店街はシャッターが閉まっているところも多く、監獄博物館が多くの観光客を網走に呼んで網走経済の活性化に役立つとともに、多くの人が北海道の開拓当初の鉱山開発、道路開発で犠牲となった囚人達のことを知って日本の近代化の歴史の影の部分も知る機会となればと思いました。

文責:高見 進(アムネスティ会員、札幌グループ)

実施日 2019年9月24日(火)
場所 網走監獄博物館
主催 アムネスティ日本 札幌グループ、国内人権ネットワーク

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