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イスラエル/被占領パレスチナ地域/パレスチナ - イスラエル/被占領パレスチナ地域 詳細情報

移動の自由-ガザ封鎖と西岸地区での制限措置

イスラエルがガザ地区の空陸海を違法に封鎖し始めてから11年目に入った。イスラエルは、ガザと外部との間の人や物資の移動を長期的に制限し、ガザの住民に制裁を加えた。エジプトはラファ検問所をほぼ全面封鎖し、西岸地区当局が制裁措置を取り、さらにイスラエルによる封鎖措置で、電力供給は止まり、人道危機を引き起こした。電気が使用できる時間は1日平均8時間だったのが、2時間から4時間に大幅に減らされた。そのため、飲料水や保健サービスの提供、衛生状態などが悪化し、ガザ地区は、ますます「住めない所」(国連)になった。ガザの経済はさらに悪化し、紛争後のインフラの復興計画は大きく後退したままだった。パレスチナ人およそ23,500人が2014年の紛争以降、家を追われたままだった。イスラエルが移動を制限し、西岸地区当局の照会手続きが遅いため、生死に関わる病気を抱えた患者多数が、ガザ外の病院で治療を受けることができなかった。イスラエル軍は、同国と接するガザ内にある「緩衝地帯」を維持し、そこに入ったり近づいたりしたパレスチナ人に発砲して、そこで働いていた農民を負傷させた。イスラエル軍はまた、ガザの海岸線に沿った「排他水域」に近づいたり、入ったりしたパレスチナ人漁民を銃撃し、少なくとも1人を殺害し、複数の負傷者を出した。

イスラエルは西岸地区に軍検問所やバイパス道路、軍事・射撃地域を多数持ち、パレスチナ人の立ち入りや通行を制限した。イスラエルは、特に東エルサレムにおいて新たに検問所や障壁を設置した。パレスチナ人によるイスラエル人の襲撃に対する報復として、軍当局はパレスチナ人社会全体に制裁を加えた。襲撃者の家族の労働許可を取り消し、シルワドやデイル・アブ、ベイト・スリクなどの村や地域を封鎖した。

ヘブロンでは、2015年10月に強化されたパレスチナ人の自由を制限する禁止令がさらに続いた。封鎖軍事地域であるヘブロンのテル・ルメイダ近郊において、イスラエル軍は、パレスチナ住民宅を家宅捜索し、彼らの立ち入りを妨害する一方、イスラエル人入植者の自由な移動は認めた。5月、イスラエルはヘブロンのH2地域内に新たに検問所とフェンスを設置し、パレスチナのゲイス地区を恣意的に封鎖し、当該地区沿いの通りから分断した。

恣意的逮捕と拘禁

イスラエルは、被占領パレスチナ地域のパレスチナ人数千人を拘禁し、投獄しつづけた。そのほとんどをイスラエル国内の監獄に収監していたが、これは国際法違反である。多くの被拘禁者の家族、特にガザにいる家族は、収監されている親族に会うためイスラエルに入国したくても、許可されなかった。

当局は、刑事訴追ではなく行政拘禁命令を活用し、市民リーダーやNGO職員など数百人のパレスチナ人の拘禁を続けた。拘禁されている人の中には子どももいた。行政拘禁は、更新可能で起訴や裁判もなく、拘禁される理由は、被拘禁者やその弁護士に説明されない。年末時点で、行政拘禁441人を含む6,100人以上が刑務所に入れられていた。また、当局はイスラエルのパレスチナ人6人を行政拘禁にした。

4月、パレスチナ人の被拘禁者およそ1,500人が、獄中環境の改善や家族の面会許可、独房監禁と行政拘禁の停止、教育機会の提供などを求めて、41日間のハンストをした。これに対して、イスラエル監獄局は、独房監禁や罰金、家族との面会禁止等の措置を取った。

西岸地区のパレスチナ人は、抗議行動に関わる容疑などで不当な軍事裁判にかけられた。また、東エルサレムやガザ地区のパレスチナ人は、イスラエルの民間法廷で軽犯罪でも厳しい判決を下された。

4月、イスラエル高等裁判所は、軍の司法制度下でのパレスチナ人に対する重すぎる刑を減らすという判断を下し、5月、短期刑が適用できるよう法改正を命じた。にもかかわらず、文民司法制度の下では、パレスチナ人に対する刑はイスラエル人が受ける刑よりも重いままだった。

パレスチナ立法議会議員でNGO、アッダミールの理事のハリダ・ジャーラルさんは、年末時点で行政拘禁下に置かれたままだった。アッダミールのスタッフ、ハッサン・サファディさんとサラ・アムーリさんも、年末時点で行政拘禁下にあった。

ガザの人道支援団体職員、ムハンマド・アル=ハラビさんは、長期間の取り調べを受けた後、ベール・シェバ地方裁判所に出廷し、審理が始まった。容疑は、ハマスに資金提供する目的でNGOのワールド・ビジョンから横領したというものだった。しかし、オーストラリア政府によるワールド・ビジョン・ガザの調査やワールド・ビジョンの内部監査でも、横領を裏づける証拠は出てこなかった。ムハンマド・アル=ハラビさんは、法廷で「拘禁中に拷問された」と申し立てた。

虐待と拷問

イスラエル軍兵士や警察、イスラエル保安局職員は、逮捕時や尋問中にパレスチナの被拘禁者に虐待や拷問を加えたが、罪に問われることはなかった。虐待や拷問には、殴打や平手打ち、痛みを伴う拘束、睡眠剥奪、無理な姿勢の強要、脅迫などがあった。2001年以降で1,000件余りの虐待の申し立てがあったが、捜査はまったく行なわれなかった。庇護希望者やエチオピア人コミュニティの人びとが、イスラエル警察から虐待や拷問を受けたと申し立てることも、よくあることだった。 12月、イスラエルの高等裁判所は、信ぴょう性が高い証拠があっても、取調官から拷問を受けたという申し立てを捜査しなかった。その結果、その後も取り調べ中の無理な姿勢の強要、睡眠のはく奪などが続いた。

違法な殺害

イスラエル軍兵士や警察、警備員は、東エルサレムを含む西岸地区の被占領パレスチナ地域の少なくともパレスチナ人75人、イスラエルの市民権を持つパレスチナ人5人を殺害した。イスラエル人を襲撃して、銃殺されたパレスチナ人も何人かいた。相手に脅威となる行為をしていないにもかかわらず、銃殺された人びと(子どもを含む)もいた。1月にウム・アル=ヒランで車内にいたところを警察に撃たれたヤクブ・アブ・アル=キアンさんのように、超法規的処刑とみられる殺害も数件あった。

過剰な実力行使

イスラエル軍は、過剰で時には死者を出すような実力行使をした。西岸地区とガザ地区のパレスチナ人抗議者には、ゴム被覆金属弾や実弾を使用し、少なくとも20人が死亡、数千人が負傷した。多くのデモ参加者が投石などをしたが、ガードを固めた軍兵士に身の危険が及ぶことはなかった。7月、神殿の丘での緊迫状況の中、当局の力の行使により、パレスチナ人10人が死亡し、1,000人あまりが負傷した。また、軍兵士は、東エルサレムのアル=マカッセド病院を少なくとも2度、襲撃した。

表現・結社・集会の自由

イスラエルでも被占領パレスチナ地域でも、イスラエルの占領を批判した人権活動家が、さまざまな報復措置を受けた。

3月、イスラエルの物品のボイコットを支援する組織の職員や支援者がイスラエルや被占領パレスチナ地域に入ることを禁じるイスラエル入国法改正を、クネセット(イスラエルの国会)が可決した。国連特別報告者を含む人権担当職員が現地調査のために被占領パレスチナ地域に入ろうとしたが、当局は立入を認めなかった。アムネスティの職員も、立ち入りを拒まれた。

当局は、東エルサレムでは公安関連の法律で、西岸地区などでは軍令で、パレスチナ人の抗議を禁止・抑圧し、また抗議者や人権擁護活動家を逮捕・訴追した。7月、イスラエルの入植政策に反対するデモを計画したとして、人権擁護活動家のイッサ・アムロさんとファリド・アル=アトラシュさんの軍事裁判が始まった。当局は、バディ・ドウェイクさん、イマド・アブ・シャミシヤさんら、ヘブロンの人権活動家に対する嫌がらせを続けた。また、活動家が入植者の襲撃を受けても、保護することはなかった。

5月から8月にかけて、当局は、その政治活動や執筆活動に問題があるとして、良心の囚人で作家のアーマド・カタメシュさんに対し、3カ月間の行政拘禁命令を出した。

アル=ハックやアル=メザン、アッダミールなどのパレスチナの人権NGOは、当局からますます嫌がらせを受けるようになった。当局は、ボイコット・投資撤収・制裁運動の主唱者、オマール・バルグーティさんに対する税務調査を開始した。同氏の活動を封じようとしているものと思われた。「沈黙を破る(Breaking the Silence)」、ギシャ、ブツェレム、アムネスティなど複数の団体が、政府から活動妨害や中傷、脅迫を受けた。

居住権-強制立ち退きと家屋破壊

東エルサレムを含む西岸地区で、イスラエル当局はパレスチナの家屋や建物など432棟・軒を破壊した。それらの建物は、建築許可を申請しても得られないため、無許可で建てられたものだった。取り壊しの多くは、ベドウィンや牧畜のコミュニティで行われた。当局はこれらのコミュニティを強制的に他へ移住させようとしていた。また当局は、イスラエル人を襲撃したパレスチナ人の家屋を取り壊したりして住めないようにして、加害者の家族に制裁を加え、約50人を強制的に立ち退かせた。

当局は、東エルサレムのシェイク・ジャーラにあるシャマスネ一家8人を自宅から追い出し、ユダヤ人の入植場所を確保した。また当局は、許可なく建てたという理由でイスラエル国内のトライアングル地方やガリラヤ地方のパレスチナの町村やネゲヴ地方のベドウィンの無認可の村などで、多数のパレスチナ人家屋を取り壊した。1月、イスラエル警察は、ユダヤ人町を建設するため、ウム・アル=ヒランのベドウィンの村を取り壊した。クネセットは4月、無認可建築の罰金を増額し、家屋の所有者に取り壊し費用を請求する法律を可決した。そして、取り壊しや立ち退き命令に対する異議申し立てを制限した。8月、当局は、ネゲヴにあるアル=アラキブ村で116回目の取り壊しをした。住民は、イスラエル政府から取り壊しと弁護費用として362,000新シュケル(約1,000万円)の支払いを命じられた。

不処罰

2014年のガザとイスラエルの紛争では、およそ1,460人のパレスチナ市民が犠牲になったが、その攻撃の多くは、戦争犯罪など明らかに違法なものだった。終結から3年あまり経過するが、略奪や捜査妨害で起訴された兵士は、3人に過ぎなかった。

1月、まれなことだが、イスラエルの兵士が有罪になった。イスラエル軍事法廷は、負傷したパレスチナ人を処刑したエロール・アザリア兵卒を故殺の罪で実刑18カ月を言い渡した。その処刑の様子は、動画に残っていた。しかし、被告が上訴し、2審では1審の判決を支持したものの、9月、イスラエル軍参謀長が4カ月減刑したため、犯した罪に比べて軽い刑罰になった。当局は、イスラエルと被占領パレスチナ地域での軍によるパレスチナ人の違法殺害の申し立てについて、捜査をしないか、打ち切った。

2014年6月13日以降に被占領パレスチナ地域で発生した国際法上の犯罪に対する申し立てについて、国際刑事裁判所検察官は、予備審査を継続した。

女性と少女に対する暴力

女性に対する暴力が報告された。特にイスラエル国内のパレスチナ人社会では、暴力が顕著だった。6月、国連の女性に対する暴力特別報告者は、女性差別撤廃条約に準拠した法改正と政策を実施するよう勧告した。報告によると、家庭内暴力の被害者の中には、警察が適切な保護をしなかったために、パートナーに殺された女性もいた。

国籍はく奪

8月6日、ハイファ地方裁判所は、アラー・ザユードさんの市民権取り消しを支持した。ザユードさんは、殺人未遂で有罪となり、市民権をはく奪され、無国籍となっていた。ザユードさんは上告し、年末時点では、最高裁判所で係争中だった。ネゲヴ地域のパレスチナ人のベドウィン住民多数が、市民権をはく奪され、無国籍になった。

難民と庇護希望者

庇護希望者は、公平で迅速な難民認定手続きを受けることができなかった。庇護希望者の9割以上が、エリトリアやスーダンを逃れた人だった。2017年末時点で、1,200人以上の庇護希望者がネゲヴ砂漠にあるホロット拘置所とサハロニム刑務所に拘禁されていた。活動家によると、イスラエル国内には、35,000人以上の庇護希望者がいた。8,588人が難民申請中だった。

良心的兵役拒否者

少なくとも4人のイスラエル人が、良心的兵役拒否のために投獄された。4人は、タマール・ズィーヴィさん、アタリア・ベン=アバさん、ノア・グル・ゴランさん、ハダス・タルさんだった。当局は、タマール・ズィーヴィさんを良心的兵役拒否者と認め、彼女は通算100日間、収監されていたため、徴兵を免除された。

アムネスティ・レポート 2017/2018より

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