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中国の人権

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2020年の人権状況:概況

2020年は、人権擁護活動家、反体制派とみなされた人びと、少数民族の人びとに対する過酷な弾圧が際立った。年初、武漢で新型コロナウイルスの感染が初めて確認され、中国ではこの1年で4,600人以上が感染症で死亡した。感染拡大に警鐘を鳴らした医療従事者が、警察に処分されたことを受け、多くの市民が、政府に対し表現の自由の権利と新型コロナウイルスに関する情報公開を要求した。新彊ウイグル自治区で続く強制収容をめぐり、国連は中国を強く非難し、同自治区への無制限の立ち入りを直ちに認めるよう求めた。

表現の自由に対する厳しい制限は、緩むことなく続いた。外国人記者に対し拘束や追放、ビザ更新の先送りや拒否などの措置が取られた。国内外のハイテク企業は、中国政府が神経を尖らせるコンテンツの投稿を自主的に削除し、中国的検閲を世界に広めた。中国で初の民法典が制定された。制定にあたっては、市民から同性婚の合法化を求める数千件の意見が寄せられていた。香港国家安全維持法の成立を受けて、表現の自由への弾圧が激しくなった。

人権擁護活動家

憲法規定と国際的義務があるにもかかわらず、当局は、人権擁護活動家への弾圧を続けた。一年を通して活動家は、嫌がらせ、脅し、強制失踪、隔離拘禁、長期投獄などにさらされた。裁判の独立性と公正さの不在が、人権侵害に拍車をかけた。多くの人権派弁護士が、移動の自由、被疑者・被告人との面会や代理、裁判資料の閲覧などの弁護活動を阻まれた。活動家らは、刑法の「国家転覆」、「国家権力の転覆扇動」、「騒乱挑発」など、広義で文言があいまいな容疑で起訴された。

2019年12月に福建省厦門での私的な会合に出席して拘束された元弁護士の丁家喜さんは、1年以上も外部との接触を断たれたままだった。3月23日、国連の人権専門家は、丁さんをはじめとする人権活動家が、「強制失踪」の対象になっていることに深刻な懸念を表明した。6月19日、丁家喜さんと法学者の許志永さんは「国家転覆扇動」容疑で正式に逮捕され、「指定居所監視居住(居住場所の指定と監視)」下に置かれた。家族や私選弁護人との面会も許されていない。2月24日、香港の書店主、桂敏海さんが「違法に外国機関に国家機密情報を提供した」罪で実刑10年の判決を言い渡された。1年以上、外部との連絡を絶たれて拘束されていた反差別活動家の程淵さん、劉大志さん、吴葛健雄さんは、国家転覆扇動容疑で8月31日から5日間、非公開の裁判にかけられた。3人は、社会から排除されたり、身の安全を脅かされたりしている人びとを支援していただけで不当に罪を問われた。

四川省に拠点を置く人権ウェブサイト「六四天網」の開設者、黄琦さんは、2019年1月に実刑12年を言い渡された。判決以来、体調を崩し栄養失調の症状があるとみられているが、2020年9月17日、親との面会が認められた。4年を超える拘束中、初の面会だった。オーストラリアの市民権を持つブロガーの楊恒均さんは2019年12月末、スパイ容疑で拘束されてから外部との接触を断たれてきたが、2020年8月末、ようやくオーストラリア領事館員や弁護人との面会が許された。楊さんは、300回以上の尋問に耐え、容疑を全面的に否認し続けた。

多数の人権活動家や人権派弁護士が、一斉連行された「709事件」から5年が経ったが、拘束された人びとの多くは、収監されたままか、釈放されていても厳しい監視下に置かれていた。1年半、外部との接触を絶たれて拘束されていた人権派弁護士の余文生さんが6月17日、国家権力転覆扇動罪で実刑4年の判決を受けた。拘禁中に拷問を受け、健康が著しく損なわれた。国家転覆扇動罪で2年の刑を受け、収監されていた人権派弁護士の江天勇さんは2019年に釈放されたが、2020年も厳しい監視下に置かれた。人権派弁護士の王全璋さんは、国家転覆罪で受けた4年を超える刑期を終え、4月4日に釈放された。弁護人によると、王さんは拘束中に拷問を受けたということだった。

新疆ウイグル自治区、チベット自治区、内モンゴル自治区

新彊ウイグル自治区とチベット自治区の少数民族に対する大規模な弾圧が、「反分離主義」「反過激主義」「反テロ」の名目で続いた。チベット自治区への立ち入りが制限され、記者、学者、人権団体職員らは特に厳しく、自治区内での人権調査は困難を極めた。2017年以降、推定100万人以上のウイグル人やカザフ人、その他の主にイスラム教徒である民族が裁判もなく恣意的に拘束され、「教育転向」施設で同化を強いられている。情報統制と入域制限で、人権侵害の全容解明は不可能だった。当局は当初、施設の存在を否定していたが、後に「職業訓練施設」だと説明した。いずれにしても、衛星画像からは、一年を通じて、同様の施設がそこかしこに建てられていることが覗えた。

歴史学者で2017年から消息を絶ったウイグル人イミジャン・セイディンさんが5月初め、国営英字新聞のビデオメッセージに突然現れ、中国政府を褒め称えた。ウイグル人起業家で慈善家のエクパール・アサトさんは、2016年に米国務省主催のリーダーシップ研修に参加し、新彊ウイグル自治区へ戻ってから消息がわからなくなった。2020年1月、エクパール・アサトさんの姉は彼が「民族憎悪と民族差別扇動罪」で実刑15年の判決を受けていたと知った。1月から拘束されているモデルのマーダン・ギャパーさんは、3月に収容の劣悪さを動画に撮りソーシャルメディアに投稿してから、連絡が途絶えた。保険会社勤務のウイグル人マヒラ・ヤクブさんは1月、オーストラリアに住む両親への送金が「テロ活動支援の物資供与」にあたるとして起訴された。妹の話では、2013年の送金は、家を購入する両親を支援するためだったという。カザフスタンの作家ナジズ・モハメッドさんは、およそ10年前のカザフスタン独立記念日に友人と会食したことがきっかけで分離主義罪に問われ、9月に終身刑を言い渡された。

国外にいるウイグル人が、新彊ウイグル自治区の家族が消息不明だとして、当局に生存確認を求める頻度が急増した。国外在住のウイグル人は現地の在外公館から、パスポートの更新は新彊に戻らなければできないと言われたという。世界各地で暮らすウイグル人など中国の少数民族は、中国大使館員らから嫌がらせや脅迫を受けた。在外ウイグル人の活動を封じ込めるために、新疆ウイグル自治区の当局は、彼らの親族を標的にしているという。在外ウイグル人の多くは、メッセージアプリを通じて中国治安当局から連絡を受け、身分証番号、居住地、パスポート写真、配偶者の身分証明書情報などの提供を求められた。他のウイグル人に関わる情報収集やスパイ行為を要求する電話を何度も受けた人もいたということだった。

6月、国連の人権問題の専門家50人が、中国政府による新疆やチベット自治区などの宗教的、民族的少数派の弾圧を強く非難した。10月6日、国連加盟国の39カ国が共同声明を発表し、新疆や香港などの人権問題に深刻な懸念を表明した。国連人権高等弁務官など独立した立場の監視員が速やかに新疆に入り、実効性ある調査を制限なく認めるよう中国に強く求めた。世界で政治的、経済的影響力を増す中国は、国連でも拡大する立場を利用して、既存の人権機関に対抗する道を模索した。

中国政府は、内モンゴル自治区における9年間の義務教育で、数教科の指導をそれまでのモンゴル語から標準中国語に徐々に切り替えていく政策を導入したが、各地で抗議の声が上がった。報道によると、学生、親、教師、妊婦、子どもが、デモに参加したり、デモ予定をインターネットに投稿したりしたが、それだけで数百人が、騒乱挑発の疑いで拘束された。人権派弁護士の胡宝龍さんは、国家機密を国外に漏洩した容疑で正式に逮捕されたと伝えられた。

健康に対する権利

武漢で新型コロナウイルス感染症が発生後の数週間、当局は情報を検閲し、誰もが求める情報の流れを止めた。そのため流行拡大の初期に、メディアや市民記者、医療従事者らは、感染症発生について社会に伝えることができなかった。地方自治当局が、情報の拡散を止めたことを認めたのは、ずっと後のことだった。市民が感染情報を流したとして取り調べを受けた件数は、2月21日までに5,511件を超えた。容疑は、「有害な情報のねつ造と意図的拡散」だった。医療専門家らが2019年12月下旬にはウイルスの警鐘を鳴らしたが、中国政府は即座に対応するどころか、注意を呼びかけた人びとの言動を制限したため、国を挙げての初期対応に遅れが生じた。

人びとの健康と安全という口実で大規模な監視体制が敷かれたため、当局の社会的影響力はますます大きくなった。地方政府はロックダウンにあたり、地域のソーシャルワーカー等数十万人に、「網の目管理」で近隣住民の監視役を担わせた。住民の多くは、求められた書類の用意ができなかったり、しばらく家を空けていたりしたため、帰宅を認められなかった。4月には、広州などにいるアフリカ系住民が自宅やホテルを追い出され、レストランなどの利用も許されず、感染拡大する中でも差別を受けることになった。

表現の自由

李文亮医師

李文亮医師 ©AFP via Getty Images

新型コロナウイルス感染症をめぐる情報制限や厳格なロックダウンの影響も受けて、インターネットの検閲が続いた。感染が始まった武漢で偽情報を流した、あるいは、社会秩序を著しく乱したなどとして、医療従事者や活動家が当局の取り調べや嫌がらせを受けた。感染症発生が明らかになる前、警鐘を鳴らそうとした8人のうちの1人、李文亮医師は、感染対策として防護具の着用を仲間の医師にチャットで呼びかけたが、その4日後、地元警察に呼び出され厳重注意を受けた。その後、李医師はウイルスに感染して亡くなり、インターネット上では怒りや悲しみ、表現の自由と検閲の停止を求める声が飛び交った。SNSでは、複数の語句を組み合わせて検閲をすり抜けようとするユーザーもいたが、当局に見抜かれ投稿は削除された。政府に批判的な意見、新型コロナウイルスに結びつくハッシュタグ、言論の自由を求める書き込みなどの投稿は、たちどころに削除された。当局は、噂を広めたとされる人物にSNSのアカウントや投稿の削除を命じた。

また当局は、感染に関わる仔細な情報を拡散した者を、拘束するなど処罰した。多くの記者や活動家が、感染情報をSNSに投稿しただけで嫌がらせを受けたり、長期間拘束されたりした。4月19日、人権擁護活動家の陳玫さんと新型コロナウイルスに関連する記事を保管するプロジェクト「端点星計劃(Terminus2049)」の支援者2人が、感染情報を収集し保存したというだけで拘束された。2月初め、弁護士で市民記者の陳秋実さんと武漢在住の方斌さんは、感染の発生状況と武漢の病院の写真を投稿した後、消息不明になった。3人の所在は、年末時点でわからないままである。12月28日、女性市民記者、張占さんは、武漢での感染発生を記事にして実刑4年の判決を言い渡された。3カ月以上も足枷を付けられ、拷問を受け、ハンストを始めると口から無理矢理食べ物を入れられた。

1年を通して、外国人記者は国外追放やビザ更新の拒否・先延ばしの嫌がらせを受けた。米国メディアの複数の記者が取材許可を取り消され、国外に追放された。8月、オーストラリア人記者の成蕾さんは、国家安全危害罪に問われ、指定居所監視居住に置かれた。別のオーストラリア人記者2人も出国を阻止され尋問を受けたが、その後、出国を認められた。

4月、当局は新型コロナウイルスの発生源を論じた学術論文に対し、国務院が設置する作業部会の承認を義務付けた。政府の感染対策を批判した清華大学教授、許章潤さんは7月13日、6日間の拘束の後に釈放されたたが、大学の職を失った。8月19日、北京大学は国外や香港、マカオの団体が主催するオンラインセミナーや会議への参加条件について新たな規定を設けた。規定の一つが、出席者は15日前までに参加許可を得なければならないというものだった。

当局による検閲と監視は、国境も超えた。国外の中国系テクノロジー企業は、国内の検閲基準に従い、国が神経を尖らせるとみられる内容の記事や画像の掲載を停止した。例えば、少数民族、政情不安、政府批判関連などだった。6月12日、オンライン会議システムのZoomは、中国政府の求めに応じて国外の人権活動家のアカウントを停止し、今後も同政府が違法とみなしたオンライン会議を認めない方針を明らかにした。

国外在住のウイグル人は、短い動画共有アプリTikTokを使って、消息不明の親族が見れば誰の投稿かがわかるように工夫したが、これらの投稿はTikTok側に削除された。同社の内部文書によると、幹部は、法輪功や天安門事件など中国政府が神経質になる問題の映像を見落とさないよう担当者に指示していた。

信教・信条の自由

2月1日に施行された法律で、「宗教団体は、中国共産党の指導に従い・・・宗教の中国化を追求し、社会主義の価値観を実践しなければならない」と定められた。中国政府は、宗教の教義と実践を国家のイデオロギーと一致させ、認定宗教団体と非認可団体の両者に対して、国家による包括的支配を強化する姿勢を打ち出した。報道によると、主に中国北西部地域で数千の文化的・宗教的施設が取り崩された。新疆ウイグル自治区とチベット自治区で、宗教に対する国の苛烈な弾圧が続いた。通常の宗教上のしきたりも、当局から「脱過激化条例」の「過激主義の兆候」とみなされれば、拘束された。

レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、インターセックス(LGBTI)の人びと

LGBTIの人びとがますます生きづらくなっている中で8月13日、国内最大規模で歴史もあるLGBTIの祭典、上海プライドが、今後の活動を中止すると発表した。LGBTIの人びとは、差別や同性愛嫌悪に声を上げたことで嫌がらせを受けた。ミニブログやオンライン雑誌などのプラットフォームは、LGBTI関連の内容とハッシュタグを削除した。さまざまな差別や抑圧を受けても、LGBTIの人びとは自分たちの権利を求め、闘い続けた。中国は、2001年に同性愛を「精神障がい」の分類から外したにもかかわらず、検定済教科書に「ゲイとレズビアンは、よくみられる精神性的障がい者」という記述があった。ある大学生は、この文で多大な苦痛を受けたとして訴訟を起こしたが、8月に敗訴した。5月28日、全国人民代表大会(全人代)で、中国で初めての民法典が可決され、2021年1月1日に発効した。法案の段階で、「結婚」の章の記述について市民から213,634件の意見が寄せられていた。全人代の報道官は、市民の意見の中に同性婚に賛同する意見が多数あったことを認めたが、結局、同性婚は合法化されていなかった。

香港特別行政区

2020年8月、香港の若者12人が、高速艇で香港を脱出したところを中国海警局に拘束された。うち10人が不公正な裁判の末に有罪判決を受けた。写真は、2020年10月25日に台北市中心部で行われた「Save12」キャンペーンの様子 ©AFP via Getty Images

2020年8月、香港の若者12人が、高速艇で香港を脱出したところを中国海警局に拘束された。うち10人が不公正な裁判の末に有罪判決を受けた。写真は、2020年10月25日に台北市中心部で行われた「Save12」キャンペーンの様子 ©AFP via Getty Images

全人代常務委員会は、処罰対象があいまいな国家安全維持法を可決した。香港政府は、国家安全保障の名の下、民主活動家や野党指導者への弾圧を強め、また、報道や教育分野にも介入した。新型コロナウイルス感染がまん延する中、当局はソーシャルディスタンスを口実に集会の自由の権利を一層抑圧した。

集会と結社の自由

前年に続き、平和的集会への弾圧が続いた。当局が許可した1月1日の抗議デモに数万人が参加したが、デモが始まって3時間後には、警察はデモを違法だとして30分以内の解散を命じた。その後、催涙ガスや放水銃でデモ参加者を排除し、人権監視員3人を含む287人を拘束した。

4月18日、民主化運動のリーダーや活動家ら15人が、公安条例違反で拘束された。同条例は、主に平和的な抗議デモの禁止や停止にしばしば使われている。15人は、逮捕より半年以上前に行われた「無認可の」集会を組織・参加した罪で起訴された。

新型コロナウイルス感染対策としてソーシャルディスタンス規制が敷かれたため、集会の自由の権利は一層、制限された。3月、香港政府は、「病気の予防と管理(集会禁止)条例」を導入し、5人以上の集会を禁止した。同条例は何度か改定され、年末には適用対象が3人以上になった。

その後、当局は新型コロナ感染を口実に、14件の抗議デモを禁止した。その中には、1989年6月4日の天安門事件の犠牲者を追悼する集会もあった。毎年行われてきた6月4日の天安門事件追悼集会と7月1日の香港返還記念日のデモ行進の主催者は、感染予防措置を詳細に記した計画書を当局に提出し、参加者同士の距離を取ることを約束していた。ところがどちらのイベントも実施許可が降りなかった。両方とも禁止されたことは、これまで一度もなかったことだ。しかし禁止を振り切って、市民数千人が天安門事件の死者の追悼に集まり、26人が検挙・起訴された。

12月4日までに、少なくとも7,164人が集会禁止条例違反で違約金支払い命令を受けた。デモ参加者は、参加者間の距離を取っていたにもかかわらず、しばしば同条例が適用された。条例では職務でデモ現場にいる場合は例外とされているが、デモを取材していた記者も罰金を科された。

2月、病院の医療従事者およそ9,000人が、国境規制が遅れたために感染が拡大したとして抗議のストライキに入った。その後、病院当局はスト参加者に「職場放棄」の説明を求め、医師らにストの計画や参加に関わらないよう警告した。

表現の自由

国家安全保障を口実に表現の自由が抑圧された。極めてあいまいな規定により、事実上、あらゆるものが「国家安全保障」に対する脅威とみなされかねない国家安全維持法案だったが、実質的な審議もなく6月30日に採択され、翌日施行された。当局は、同法の導入で平和的な活動の摘発にお墨付きを得たことになり、表現の自由がさらに制限されるおそれが出てきた。年末までに当局は、香港独立を求める国外での組織づくりや各種政治団体の支援などを訴えるスローガンを掲げた34人を拘束した。当局はまた、同法の域外規定を適用し、香港外の活動家8人に逮捕状を取った。

8月10日、民主活動で知られる香港紙「リンゴ日報」の創業者、黎智英(ジミー・ライ)さんが、「外国または外国勢力との結託」の容疑で逮捕された。警察は、報道の自由をあからさまに無視し、同紙の事務所を強制捜査し、書類を押収した。検察が早期保釈に異議を申し立てたため、黎さんの勾留は続いた。

10月6日、小学校の教師が、香港独立の考えを広めたとして教員免許を剥奪された。処分は、教室で生徒に配ったプリントに、「言論の自由とは何か」「香港独立を主張する理由は何か」などの質問が入っていただめだと報じされた。

LGBTIの人びとの権利

3月4日、香港の高等法院(高等裁判所)は、国外で結婚した同性カップルも、異性カップルと同様に公営賃貸住宅に申し込む権利があるとする判決を言い渡した。9月18日には、同性婚カップルに対し、一方が遺言を残さず死亡した場合も異性婚と同じ相続権を認める判決を下した。しかし、同日言い渡された別の判決では、香港で同性カップルに対する結婚の権利の否定は合憲だとされた。

1989年 天安門で何が起こったのか?

32年前、1989年6月3日の夜、天安門広場に集まった民主化を求めるデモ隊を排除するため、重装備の部隊と数百の装甲車が北京市内に入りました。部隊はデモ参加者や見物人に向かって銃を乱射、さらに、動けなくなった市民を装甲車で轢き殺しました。北京市内を制圧した後も、軍は独断で人びとを銃殺しました。

同年6月末に中国政府が発表した公式報告書によると、3000人以上の市民が負傷し、36人の学生を含む200人以上が死亡しました。アムネスティは、さらに多くの人が殺害され、中国全土で数万人が逮捕されたと推測していますが、中国当局は真相解明を拒み続けているため、詳細はわかっていません。事件の真相解明を求める声は今でも続いていますが、そのような声を上げる人びとを中国当局は弾圧の対象とし、今も厳しく取り締まり続けています。

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