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コンゴ民主共和国:北キヴ州で子どもの徴兵が再び増えている。

2006年4月12日
国・地域:コンゴ民主共和国
トピック:子ども兵士
コンゴ民主共和国(DRC)の人権調査団派遣を終え、アムネスティ・インターナショナルは本日、12歳の子どもを含む多くの子どもたちが再び、コンゴ民主共和国(DRC)東部北キヴ州の紛争地域で戦闘員として徴兵されている、と発表した。

「反体制のローラント・ンクンダ将軍に従う反政府勢力は、数週間に渡って北キヴ州マシシとルツル地区で子どもたちを徴兵しており、多くの場合は強制的に行われている」と、先日現地から帰国したアムネスティの調査員ベロニケ・アウバートは述べた。 アムネスティの派遣団は、3月にコンゴで調査を行っていた。

「ンクンダの軍に誘拐されることを恐れる多くの子どもたちが、大都市や町での保護を求めて、自分の家や家族から避難することを余儀なくされた。その多くは、過去に武装勢力に徴兵され、正式に除隊して家族再統合プログラムを経験した子どもたちである」

「武装勢力から解放された子どもたちのケアを行う施設を訪れた際、2005年7月以降に家族と再会を果たした782人の子どものうち14人が、3月初旬のたった一週間のうちに、再びンクンダの部隊に徴兵されたと知り、私たちは愕然とした。他の施設からも、似たような数字が報告されている」と、ベロニケ・アウバートは述べた。

「北キヴ州における子どもの徴兵と長引く不安定な情勢は、武装勢力から解放された子どもたちと家族を再会させ、社会復帰のための支援プロジェクトを進めるNGO活動に大きな打撃を与えている。 多くのプロジェクトが、この数週間の間に余儀なく停止させられた」

相次ぐ徴兵は、ンクンダ指揮下の何部隊かがコンゴ政府軍統合プログラム(brassage)に参加することに合意した後、ンクンダの戦力を補充することを目的にしているようである。社会の動揺が高まる中、ンクンダと対立する北キヴ州のマイマイ民兵組織もまた、同様に子どもの徴兵を開始し、子どもを部隊から除隊させることを拒否している。これは、明らかにンクンダの徴兵活動に対抗した動きである。

子どもの徴兵と利用に係わる疑惑の多くは「83旅団」に関わっている。この「第83旅団」は、かつてRCD-ゴマ武装政治組織の一部で、北キヴ州でのDRC政府の勢力拡大に反対するキニャルワンダ語(ルワンダ語)圏兵士から構成されている。この旅団の兵士らはローラント・ンクンダと結託し、2006年1月にルツル地区の政府軍駐屯地に対して攻撃を行ない、非ルワンダ語圏の民族に属する多数の女性や少女らを強かんした。

「コンゴの子どもたちは再び、軍の指導者たちが自らの軍事的・政治的目的を達成するために誘拐され、また情け容赦なく搾取されている」とベロニク・アウバートは述べた。「DRC政府と国際社会は、ローラント・ンクンダおよび子どもの徴兵に係わる者たちを裁くために、より確固とした行動を起こす必要がある」

アムネスティは、ローラント・ンクンダとその他の全ての武装勢力の指導者に対し、子どもの徴兵と利用を直ちに中止し、武装勢力内で働く全ての子どもを解放するよう求める。アムネスティはまた、ルワンダ政府やRCD-ゴマ政治部門の指導者らなど、ローラント・ンクンダに影響を与えうる政治指導者に対して、ローラント・ンクンダに子どもたちを解放することを要請するよう求める。

アムネスティは、この地域で行った最近の調査において、2005年の初めに解放されるまでの3年間を武装勢力の中で過ごしたパトリック(偽名)(16歳)のようないくつかの証言を得た。2005年の9月のある日、ンクンダの兵士が来た時、パトリックは自宅にいた。

「兵士らは、僕に除隊証明書を見せろと要求し、それを破ったんです。兵士らは僕の父を、脱走兵をかくまったと責めたて、殴りつけました。次に僕を殴り始めました。僕は縛られ、駐屯地へ連れて行きました。僕はとても怖くて、彼らのために働きます、と命乞いをしました」

パトリックは、ローラント・ンクンダの忠臣の護衛として働かされた。彼は、最終的には「仲間たちが死亡するのをみて」逃亡した。

ジョセフ(偽名)16歳が最初に徴兵されたのは2000年だった。彼と他の多くの子どもたちは強制的に学校から連れ去られ、2005年の終わりに、彼はようやく解放され家族と再会を果たした。しかし、家族のもとに戻ってから2週間後、彼と他2名の子どもは市場に行く途中に12人の反政府兵士により誘拐された。彼はその後逃げ出したが、16歳のいとこを含む残りの2名は、ンクンダの部隊に取り残されたままである。

15歳のイザーク(偽名)は、ンクンダの兵士が来た時、自宅にいた。兵士らは除隊証明書をみせろと要求し、その紙は「価値がない」と言って破り捨てた。そして、彼を無理やり連行した。彼はアムネスティの調査団に次のように話した。

「2006年の2月まで、僕はローラント・ンクンダの部隊とともに、ルツルで政府軍(FARDC)と戦っていた。最後の戦闘で、政府軍は僕らに対して重兵器で攻撃してきた。僕の上官だった少佐はおびえ、たくさんの人が死んだ。少佐は、僕たちを統合プログラムに連れて行くことにした。僕は、軍には戻りたくない。ヤギを飼育したいけど、家に帰ることも出来ない。兵士がまた必ず来て、僕を連れて行くから」

背景
国民選挙を行なうには、軍の統合が必要前提条件といったんは考えられていた。しかし現在では、危険なことに、それはあいまいになってきている。6月または7月に予定されている国民選挙の時期までには、軍は部分的に統合されているにすぎないであろう。こうした状況での選挙の安全性には、大きな問題をはらんでいる。北キヴ州や他地域の武装勢力の多くが統合を拒んでいるからである。各武装勢力のリーダーたちは、各々の力の基盤となる各民族の武装勢力に対する支配力を失うことを恐れている。彼らはさらに、北キヴ州において民族間の対立をも煽っている。キニヤルワンダ語を話す人びとと、話さない人びととの対立、さらにはキニヤルワンダ語を話すフツ族とツチ族の間の対立をも深めている。

同国も締約国である子どもの権利条約に関する選択議定書は、武装勢力が18歳未満の子どもを徴兵したり戦闘行為に徴用したりすることを禁止している。

国際人道法の下では、15歳未満の子どもを軍や武装勢力に徴兵したり戦闘に積極的に参加させたりすることは、戦争犯罪行為とみなされている。このような戦争犯罪は国際刑事裁判所の管轄権内にあり、最近では、コンゴ武装勢力のリーダーであるトーマス・ルバンガが、15歳未満の子どもを徴兵し戦闘に積極的に参加させた容疑で、初の逮捕者となった。

コンゴ民主連合(RCD-ゴマ)前上官、ローラント・ンクンダは、2002年のキサンガニと2004年のブカヴでの戦争犯罪によって、すでに告発されている。彼には、2005年9月にDRC政府から国際逮捕令状が出されているが、現在にいたるまで、DRC政府も国連も、彼を逮捕するために行動を起こしていない。彼は、ルツフルとマシシ地方で、堂々と活動を続けている。


アムネスティ国際ニュース
(2006年3月31日)
AFR 62/009/2006

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