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台湾:誤った裁判-「汐止の3人」が再び死刑判決

2007年7月16日
国・地域:台湾
トピック:死刑廃止
劉秉郎、蘇建和、莊林勳の3人は2003年に法廷で無罪の評決を得たが、これが覆され、2007年6月29日、死刑が言い渡されたことに、アムネスティ・インターナショナルは重大な懸念を示す。

この3人は16年以上にわたり、台湾の裁判制度の中で繰り返される誤判に苦しめられてきたとアムネスティは考えている。高等法院での死刑判決は、3人を犯罪と結びつける物的証拠のないまま、ほとんど被告人の自白のみに基づいて言い渡された。共同被告人だった王文孝は1992年に処刑された。3人は、自白は警察の拷問によって引き出されたものであると一貫して主張してきたが、台湾の高等法院は16年間、これについての調査を拒否している。

血痕や指紋などの数多くの物的証拠が犯行現場でみつかっているが、劉秉郎、蘇建和、莊林勳の3人に結びつくものは何もない。しかも、最後の裁判における6人の専門家の証言は、被告人らの無罪の主張を支持するものであったが、最高法院はこの証言の審理を拒否した。また物的証拠は、3人の自白の主要部分(強かんについての自白を含む)と矛盾している。最近の評決では性的暴行についての起訴だけが取り下げられたが、このことから全体として自白の合法性について深刻な疑いが生まれている。なぜなら、強かんの自白は、当初の自白に含まれているからである。

決定的な物的証拠のないまま、ほとんど自白のみに基づいて死刑が言い渡された。採用された自白は、1992年に処刑された王文孝の自白と、拷問によって引き出されたとされる自白であった。そして自白は、物的証拠とは矛盾していた。物的証拠がないこと、捜査段階で不正があったことを考えあわせると、この死刑判決は誤判であると同時に国際人権基準違反であるという重大な懸念が生じる。国際人権基準は、死刑事件については特別に留意するよう求めている。

さらに、台湾の高等法院の今回の決定は、自国の刑事訴訟法違反でもある。台湾の刑事訴訟法は2003年に改正され、自白を唯一の証拠とすることや、拷問によって引き出された証拠を利用することを禁止した。

3人は、16年間続いた裁判のうち7年以上も死刑囚として過ごし、2003年1月に上訴で無罪を勝ち取ったが、3回の特別上訴と11回の再審の末に出たのが今回の評決だった。高等法院で無罪を勝ち取った後に再び死刑を言い渡されるショック、長年にわたる死刑囚生活、執行の恐怖などによる被告人の心理的負担を考慮せず、当局は今回の決断を行なった。

アムネスティは、残虐かつ非人道的な究極の刑罰であるとして全面的に死刑に反対しており、台湾当局に対し、すべての死刑判決を減軽するよう求める。陳水扁総統や法務大臣その他の政府当局者が死刑廃止を約束していることに照らすと、今回の死刑判決はとくに遺憾である。法律上あるいは事実上死刑を廃止した国は129カ国で、死刑廃止は世界の潮流である。

背景1991年3月23日から24日にかけての夜、葉盈蘭と夫の呉銘漢が台北郊外の汐止の自宅で刺し殺された。5カ月後の1991年8月13日、警察は犯行現場に残された指紋から、海兵隊員の王文孝をつきとめた。王文孝は1991年8月13日に身柄拘束され、すぐに自白した。拘禁されてから36時間以上たって、王文孝は自白に新たな内容を付け加えた。それは、弟の王文忠とその3人のクラスメートが共犯だというものだった。王文孝は弟の3人のクラスメートを名指しすることはできなかった。

弟は直後に逮捕状なしで拘束された。彼は拷問されたと主張している。そして3人のクラスメートの名前は劉秉郎、蘇建和、莊林勳であると言った。王文忠は共犯の罪で2 年の刑を言い渡され服役した。釈放後、彼は供述を撤回し、クラスメートを共犯にするよう警察に強要されたと公言した。1992年1月11日、王文孝は処刑された。

汐止の3人は、受けた拷問について詳しく述べている。劉秉郎は、「(警察は)私の胸に分厚い黄色い本を置き、その上から胸をハンマーで打った。それから逆さづりにされ、水や尿を口の中に注ぎ込まれた」と語った。3人全員が、殴られたり、口から水や尿を注ぎ込まれたりしたと言っている。蘇建和、莊林勳は、性器に電気ショックを受けたとも語っており、蘇建和は電気ショックを受けた性器の傷に薬物を塗りつけられたという。

AI Index: ASA38/001/2007
2007年7月16日


 

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