カタール:酷暑と酷使で亡くなる移住労働者 悲嘆に暮れる母国の遺族

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2021年9月10日
[国際事務局発表ニュース]
国・地域:カタール
トピック:

サッカーのワールドカップ開催を控えて各種施設の建設や整備が続くカタールで、数千人の移住労働者が、過酷で危険な労働環境の中で命を落としてきた。カタール政府は、死因の解明に及び腰で、酷暑での長時間労働と死亡の因果関係を示す証拠があるにもかかわらず、死亡証明書の死因を「自然死」や「心臓疾患」などとしてきた。その結果、母国に残された遺族は、本来受けるべき補償を受けられない上、大黒柱を失い、借金だけが残るなど、失意のどん底に置かれている。アムネスティの調査で明らかになった。

カタールでは6月から8月にかけて猛暑となり、40度を超えることもある。この酷暑が、長時間の重労働を強いられる移住労働者の命を危険にさらしている。政府は最近、移住労働者の健康を保護する新たな対策を導入したが、労働者に対する主なリスクは残ったままだ。また、酷暑による死亡の割合を調査する動きもほとんどない。

アムネスティは、著名な医療専門家らに話を聞き、国が集計した死亡統計情報を確認、死亡証明書18件に目を通し、30代から40代だった死亡男性6人の遺族に聞き取りをした。

比較的若くて健康な労働者多数が、突然死している。この問題は、酷暑の中での長時間にわたる過酷労働に大きな問題があることを示唆する。しかし、当局は疲弊する労働者の訴えを無視し続け、助けられたはずの命を救わず、死者の正確な死因を調べようとしてこなかった。

これは、国による生きる権利の侵害だ。一方で、遺族は、補償を受ける権利を否定され、元気だった人がなぜ突然亡くなってしまったのか、その真相を知ることができない苦悩に突き落とされる。

カタール政府は、移住労働者の死因をすべて調査すべきだ。酷暑など危険な状況下にさらされており、他の死因が特定できなければ、遺族に十分な補償を提供し、同時に、現在就業中の移住労働者の健康に配慮する対応を取るべきだ。もし、死因の究明、遺族への補償、今後の対策がなされなければ、政府の不作為は、生きる権利を保護する義務違反になる。

複数の疫学専門家によると、保健制度が充実していれば、ほとんどの死因の特定は可能だという。アムネスティが、カタールに労働力を提供する主要な国のデータを調べたところ、カタールでの移住労働者の死亡で死因が不明なものは、全体の70パーセント近くにのぼった。

多数の不可解な死

アムネスティは、カタール政府が2017年以降に発行した移住労働者の死亡証明書18件を検証した。そのうち15件には、本来の死因に関する情報はなく「急性心不全による自然死」「特定不能の心不全」「急性呼吸不全による自然死」などとあった。

2015年以降、ワールドカップ施設で「労働とは無関係」として記録された35件の死亡のうち、半数以上の報告書に同様の表現が使われていた。死因を特定する十分な調査がされなかったおそれがある。

死亡証明に関するWHO作業部会の病理学者は、次のように話す。「本来の死因の記載がない死亡証明書を発行してはならない。誰でも最期は呼吸器不全や心不全になる。従って、なぜ不全が起こったか、納得のいく説明がなければ意味がない」

複数の情報源から得た死亡情報を分析したところ、移住労働者の死について説明のないケースが多くあった。カタールの公式統計では、2010年からの10年間に亡くなった他国籍者(年齢・職業は問わず)は、1万5,021人を超えるが、その死因情報は、調査不十分で信頼できるものではなかった。

カタールの統計で、「心血管疾患」に分類される死亡者数が多いことは、実際には多数の死因が不明である可能性を示唆する。これは、大多数の移住労働者の出身地である南アジア諸国の死亡情報と一致する。

例えば、バングラデシュ政府の記録では、2016年11月からの5年間でカタールで死亡したバングラデシュ人の71パーセントは、カタール当局の判断に基づく「自然死」だった。

また、英紙ガーディアンの調査でも、2010年から2020年までに死亡したインド、ネパール、バングラデシュからの労働者の69パーセントが、「自然死」となっていた。

突然死

アムネスティは、死亡した移住労働者6人(建設4人、警備1人、トラック運転1人)について入念に調べた。全員、基礎疾患はなく、母国出国前に受けた健康診断でも、なんの異常もみられなかった。いずれの遺族も補償を受けていない。

トラック運転手の男性(40歳)は、1日12時間から13時間働いた。勤務先からあてがわれた部屋のエアコンが故障していたため修理を要求していたが、今年2月、仕事中に倒れ、急死した。

砂漠でのプロジェクトで配管工として働いていた男性(32歳)が昨年9月、ベッドで死んでいるのが見つかった。亡くなる直前の4日間の気温は40℃を超えていた。

建設現場で働いていた男性2人(いずれも34歳)は、昨年4月と5月に亡くなった。1人は、39度の炎天下で10時間の労働が続いていて、睡眠中に亡くなった。もう1人は、38度の気温での長時間シフトが終わった直後の死だった。

空港の警備員(34歳)は昨年2月、炎天下での長時間勤務中に死亡した。家族の話では、「乾燥と高温の中で心臓発作を起こしたらしい」ということだった。

左官工の男性(34歳)は、2017年11月、ベッドで亡くなっていた。

アムネスティは、亡くなった労働者の母国ネパールとバングラデシュの家族に聞き取りをした。いずれの家族も、本人たちからは、酷暑で大変な環境で仕事をしていると聞かされていたという。誰もが、出国前は健康だったといい、急死したショックを隠しきれない様子だった。

極暑による健康リスク

各国政府には、生存権を保護し、健全な労働・環境条件を確保する義務がある。具体的には、合理的に予見可能なリスクから命を守る法律や措置の施行などだ。カタールで労働者が直面する最も多いリスクが、極度に高い気温と湿度だ。

カタール政府は、2019年にこの問題に関する調査を研究機関に委託した。調査では、当時の法律で求められる最小限の保護しか受けられなかった労働者は、労働者の保護基準が概して高いワールドカップ事業での労働者よりも、熱中症のリスクが著しく高いことが明らかになった。

心臓病の専門誌は2019年、カタールのネパール人労働者の死亡と気温の関係を解明して、「2009年から2017年の間に心血管疾患で亡くなった571人のうち、高温から保護する措置を取っていれば、200人の死は回避できた」と結論付けた。

熱中症などの熱ストレス対策の一つとして、6月15日から8月31日までの期間の一定時間帯の屋外労働が禁止されていたが、他の期間は制限が設けられていなかった。

今年5月、制限期間の最終日が9月15日まで繰り下げられ、気温・湿度指標が32に達すれば、屋外作業を禁止するなどの規則を導入した。新たな規則では、熱中症などの心配があれば勤務を停止し、関係当局に申し立てる権利が、労働者に与えられている。

建設業界の健康と安全に詳しい専門家はアムネスティに、「新しい規則は一つの前進だが、高温下であらゆる種類の熱ストレスリスクにさらされる労働者を保護するには、あまりに不十分だ」と語った。

新規則は、気温・環境の変化に合わせて、労働者個人の判断で休憩を取ることを認めるが、義務ではない。専門家はこの点も問題視し、雇用者より圧倒的に弱い立場の労働者にとって「自己判断は、多くの場合機能しない」として、休憩時間の義務化の必要性を強調した。

「夢は全部消えた」

アムネスティが聞き取りした家族のいずれもが、急死した本人の正確な死因を特定する検視はなかったという。その結果、労働環境と死因の因果関係がわからず、雇用主やカタール政府に補償を求めることができない。

アムネスティは、カタールで死亡したバングラデシュ人の自宅を訪れ、家族に話を聞いた。家族には2人の子どももいた。死亡については元同僚から知らされ、カタール当局からは、検死の話どころか、連絡すらなかった。妻は「夫の死を聞いたときは、最初は信じられなかった。数時間前に夫と話していたから」と話した。また、バングラデシュ福祉委員会から、30万タカ(約39万円)を支給されたが、就労時にかかった斡旋料の未支払い分に全額を充てたという。

亡くなった別のバングラデシュ人の家族も、斡旋料などでかかった多額の費用を、土地の売却や母国政府の融資で得た資金を充てていた。亡くなった男性の弟が、アムネスティに語った。「家族の夢は一瞬にして消えた。兄は、家族にお金に困らない生活をさせたいという思いを持っていた。だけど、お金は一銭も貯まらなかった。ほとんど斡旋料の返済で消えていった」

家族らが直面している問題は、多くの移住労働者が陥る搾取のわなでもある。2010年に2022年のFIFAワールドカップ開催が決まり、カタールは、労働法の改善に着手した。しかし、実施や施行が不十分なため、現場での改善は遅々として進まず、搾取は日常的に行われている。多くの労働者が、いまだに悪質な雇用主の言いなりになるしかなく、こうした雇用主が罰を受けることもない。

アムネスティは、カタール政府に対し、酷暑リスクに応じた休憩時間の義務化を含む法改正で労働者保護を強化すること、また、死因をめぐる究明・証明・補償の制度を改善することを求めている。

さらに政府は、労働者が死亡した場合、すべての死因を適切に解明する専門家チームを設け、酷暑などの労働環境が死因として排除できなければ、補償を義務づける必要がある。

世界で最も富裕な国の1つであるカタールは、これらの要請に十分応えられるはずであり、同国にはそうする義務がある。

背景情報

専門家たちは、酷暑が死亡の要因として疑われる場合の死因の診断に利用できるさまざまな手法を紹介している。過去の職場環境、本人の病歴、他の死因を排除する各種の検診などだ。

政府のデータでは、ワールドカップ開催準備で死亡した労働者数は示されていない。ワールドカップに向けたすべての建設・インフラ事業を監督する立場の大会組織委員会は、2015年以降にワールドカップ事業に携わった35人の労働者が死亡したと発表している。しかし、大会開催に関連した他のインフラ事業でも死亡した労働者数の推定はされてない。

アムネスティ国際ニュース
2021年 8月26日

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