- 2025年8月 4日
- [国際事務局発表ニュース]
- 国・地域:ネパール
- トピック:強制立ち退き
ネパールでは、政府が居住権法を遵守するための規制枠組みを作っていないうえに、地方自治体が同法をあからさまに無視しているため、多くの人びとが強制立ち退きに遭い、住む場所を失う結果となった。
アムネスティは最新の報告書で、強制立ち退きが、ダリット(カースト制度の最下層民)や先住民族など、もともと社会の周縁に追いやられていた人びとに、特に深刻な影響を与えていることを明らかにした。さらに、報告書は政府の対応の不備も指摘している。憲法や2018年に制定された居住権法には、強制立ち退きを防ぐための条項が盛り込まれているが、それらを実行に移すための措置が不十分で、法的保護の履行や法制上の不備の是正などができていない。
ネパールの憲法が約束する法的保護と、同国の社会的弱者が置かれた実情との、深刻な乖離が日々拡大している。彼らは、適切な法的手続きがない中、いつ強制立ち退きを受けるかわからない恐怖と不安に怯え、新たな生活を始めるための補償を得る希望ももてずに暮らしている。政府は、最も弱い立場にある土地を持たない人びとの権利を守る、法的責任を果たせていないのが現状だ。
同報告書は、カトマンズやシラハ、スンサリ、ジャパ、カイラリなど、ネパール全土で2020年から2024年にかけて起きた強制立ち退きの代表的な事例を取り上げている。地域も強制立ち退きのかたちもさまざまで、都市部では開発プロジェクトに伴う立ち退きが見られる一方、森林地帯の自然保護区域や国立公園での強制立ち退きも行われている。
適正手続きの欠如
政府当局が、国内法や国際法で定められた人権保障の義務を完全に無視していた事例もいくつか記録されている。こうした事例から浮かび上がってくるのは、当局が強制立ち退きに対して人権保護措置をとっていないという事実である。例えば、影響を受ける地域社会と協議し立ち退きの代替案を検討する、立ち退きの前に十分な通知期間を設けるといった、当然行われるべき対応が一切なかった。
2024年6月23日、ネパール南西部のカイラリ郡ダンガディ市で、プラノ空港周辺に暮らす住民たちが強制的に立ち退かされ、彼らの家がブルドーザーで取り壊された。この事態は、土地問題解決委員会が住民の居住資格を確認する手続きを進めている最中に起こった。この手続きは住民の土地の権利を守るための重要なプロセスだが、地方当局はこの手続きの結果を完全に無視し、委員会が住民に発行していた一時的な土地占有証明書さえ顧みなかった。しかも後になって当局は、立ち退きを受けた13世帯のうち9世帯はホームレス化を防ぐ特別な法的保護を受ける権利があり、強制的立ち退きの対象とすべきではなかったと認めた。
「私たちは土地の所有権を証明する書類や電気代の領収書などの証拠を持っていましたが、結局役に立たずに立ち退かされてしまった」と、立ち退きの対象となった住民は嘆く。政府の対応には他にも多くの問題があり、高齢者や子ども、障がいを持つ人びとなど、差別や社会的排除のリスクが高い弱者層を守るための特別な措置も取られなかった。さらに、当局は土地法で定められた手続きに従わず、土地を持たないダリットや非正規居住地の住民の特定・確認を怠った。
さらに、立ち退き前に対象の地域社会との誠実な協議を行い、適切な事前通知を行う義務も怠った。これらは、ネパールの居住権法や国際的な人権基準で定められた重要な要件だ。
どこにも行くところがない どうやって生きていけばいいのか
多くの住民が、突然自宅から追い出され、着替えや薬、子どもの本、さらには重要な身分証明書すら持ち出す時間も与えられなかったなど、非情な扱いを受けた様子を語る。
「私たちの家は四方八方からブルドーザーで押しつぶされてしまった。もう身を寄せる場所も、食べるものもない。これからどうやって生きていけばいいのか」バジャニ地区で強制的立ち退きの被害者の1人はこう嘆く。少なくとも3カ所では、高齢者や妊婦、新生児など最も弱い立場にある人びとも強制立ち退きに遭った。
バジャニ地区出身の若い母親 (23歳) は、「出産したばかりなのに、屋根も電気もなく、蚊帳さえない。こんな暮らしは耐えられない」と語る。
ダンガディで、やはり出産したばかりの若い母親が、前にも家を追われた体験を語った。「私たちは欲に駆られてここに来たわけではない。地滑りで家が崩壊し、やむを得ず移ってきた。この土地に避難してきただけなのに、当局は犯罪者みたいに私たちを扱う」。
報告書は、強制的に住む場所を追い出され、財産を失い、食べ物や水も手に入らず、仕事を失ったり、教育を受けられなくなったりすることで、人びとが心や体、そして精神面に深刻な影響を受けていることを強調している。
アムネスティが訪れた3カ所の立ち退き現場では、住民がホームレス状態になっていた。これは国際法に明らかに反している。国際法では、土地の所有権の有無にかかわらず、すべての人びとを強制立ち退きから守り、誰も路頭に迷わせないようにすることを各国に義務付けている。
報告書によると、立ち退きを強いられた地域社会の多くは、まったく補償を受けられなかったか、受けられたとしても極めて不十分なものだった。別な場所での定住が提案された場合でも、住民に事前の相談はなく、家族の人数や生活に必要な基本的サービスの提供といった、実際のニーズを考慮せずに進められた。
居住権法の多くの条項を実施するのに必要な規制枠組みがないため、法的保護はほとんど機能していない。基本的人権を守るよう定めた新しい法律と、それと矛盾する古い法律との整合が図られていないことも、法の執行を困難にしている。さらに、連邦政府と地方政府の間の連携や協力が不足していることで、状況はさらに悪化、法規制遵守の監視の仕組みもほとんど効果を発揮していない。例えば、国家人権委員会は一部の立ち退き事件を監視し、是正のための勧告を出したが、その対応は違反の深刻さに見合っていない。十分な資力や人力があれば、委員会は強制立ち退きのパターンを明らかにし独立調査を行うなど、より重要な役割を果たすことができるはずだ。
ネパール政府は、国民の適切な住居の権利を守り、強制立ち退きをなくし、立ち退きが必要な場合でも適正手続きを保障する必要がある。適切な住居の権利の実現と規制枠組みの整備に向け、協調して早急に取り組まなければ、ネパールでは強制立ち退きと人権侵害の悪循環が続くことになるだろう。
アムネスティ国際ニュース
2025年7月22日
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