日本:「緊急事態条項」の危険性を認識し、国際人権基準に沿った議論を行うことを求める声明

  1. ホーム
  2. ニュースリリース
  3. 日本支部声明
  4. 日本:「緊急事態条項」の危険性を認識し、国際人権基準に沿った議論を行うことを求める声明
2026年9月29日
[日本支部声明]
国・地域:日本
トピック:国際人権法

アムネスティ・インターナショナル日本(以下、アムネスティ日本)は、国会等で議論されている、「緊急事態条項」の日本国憲法への導入について、重大な危機感を表明します。

憲法改正の必要性は厳格に検証されねばならない

現在、憲法を改正し、災害時など緊急事態における国会機能の維持を目的とした国会議員の任期延長や、内閣が法律と同一の効力を有する緊急政令を制定できる仕組みなどが議論されています。これらは、緊急時の迅速な対応を可能にする一方で、政府への権力集中や国会による統制の弱体化につながり、人権に重大な影響を及ぼすおそれがあります。憲法改正の必要性を裏付ける具体的な事実(立法事実)については、厳格な検証が必要です。アムネスティ日本は、緊急事態条項の必要性や、それによって生じうる人権への影響、権力濫用の危険性について、国際人権基準に沿った慎重かつ厳格な検証が行われることを強く求めます。

政府への権力集中は、人権保障を脅かす

憲法への緊急事態条項の導入がもたらしうる重大な危険性の一つは、危機への対応を名目として、政府に権力が集中することです。例えば、通常の国会審議を経ずに、法律と同一の効力を有する緊急政令を内閣が制定できる仕組みは、国会による統制を弱めるおそれがあります。その結果、市民の権利が制限・はく奪されやすくなる可能性があります。このような権力集中によって人権が侵害される事例は、日本の戦前の歴史のみならず、現代の世界にも数多く見られます(本文書末尾の「補足」参照)。こうした危険性について、十分な検証がなされないまま議論が進み、政府への権力集中を許すことになれば、国家が負う人権保障の義務が後退し、危機対応を名目として、表現・集会の自由、人身の自由、財産権などが不当に制約されるリスクが高まります。さらに、緊急事態の認定や延長、緊急措置については、独立した裁判所による迅速な司法審査などが確保されなければ、例外的な権限行使が常態化するおそれがあり、人権侵害につながりかねません。

緊急事態における人権の制約には、国際人権法上の厳格な条件がある

日本が批准している自由権規約(「市民的及び政治的権利に関する国際規約」)第4条は、「国民の生存を脅かす公の緊急事態」が発生し、その存在が公式に宣言された場合に限り、同規約上の義務から一時的に逸脱する措置を、例外的に認めています。ただし、緊急事態になれば、通常の権利の制限を自由に行ったり、規約上の義務から無制限に逸脱したりできることを意味するものではありません。自由権規約委員会は、緊急事態における措置であっても、国家に無制限の権限を与えるものではないことを明確にしています(一般的意見第29号)。緊急事態への対応は、真に必要な範囲、期間、地域に限られなければならず、差別的なものであってはなりません。生命に対する権利、拷問や奴隷制の禁止、思想・良心・宗教の自由など、緊急事態であっても逸脱できない権利があります。また、人道的な処遇や公正な裁判を保障するための基本的な原則を損なうことも許されません。したがって、日本における緊急事態条項の議論においても、憲法改正を必要とする具体的な事実(立法事実)が存在するのかを厳格に検証した上で、国際人権基準に照らして、権限の範囲や人権保障のための安全装置が十分に確保されているかを慎重に検証しなければなりません。

緊急時であっても、人権保障と法の支配は守らなければならない

いかなる危機の最中にあっても、国家の人権保障義務がなくなるわけではありません。むしろ、危機への対応が必要なときだからこそ、政府に与えられる権限には明確な制約が設けられ、国会や司法による実効的な統制が確保されなければなりません。こうした国際人権基準を踏まえて緊急事態への対応を考えることは、国内の法制度をより広い視野から検証し、市民の人権と安全をいかに守るかを考える上でも重要です。アムネスティ日本は、政府および国会に対し、緊急事態条項の必要性と危険性について厳格な検証を行わないまま、憲法改正の議論を拙速に進めることを中止し、市民の人権と安全をいかに守り抜くかという原点に立ち返るとともに、国際人権基準に沿った議論を行うことを強く求めます。

2026年9月29日
アムネスティ・インターナショナル日本

【補足】

  1. 戦前の日本と現代世界から見る緊急権の危険性
    現在議論されている緊急事態条項と、戦前の日本における非常時の法制度を単純に同列視することは適切ではありません。現代の日本は立憲主義と基本的人権を尊重する日本国憲法を有しているからです。 一方、近年の国際社会では、治安維持や公衆衛生、その他の「国家の危機」を理由として導入された緊急権や緊急事態に関わる大統領令等の常用によって、行政権への著しい権力集中が生じ、議会による統制や独立した司法による審査、人権保障を弱体化させる危険があると指摘されています。戦前の日本の歴史的経緯は、こうした「非常事態を理由とした行政権の肥大化と人権制限の過度な拡大」がもつ構造的な危険性を考える上で、重要な歴史的警告を与えてくれます。

  2. 大日本帝国憲法下の「緊急勅令」と事後統制の限界
    明治憲法第8条は、帝国議会閉会中に、公共の安全を保持するため、または公共の災厄を避けるために緊急の必要がある場合には、法律に代わる「緊急勅令」を認め、計90件(注1)が発せられました。事後的に議会の承諾を求める仕組みはあったものの、政府が事前審議なしに重大な権利制限を実施・適用できた点に重大な問題がありました。
    • 関東大震災(1923年):大震災後、緊急勅令によって東京などで「行政戒厳」が実施され、軍・警察などが治安維持や救援活動に当たりました。一方、流言を背景として、朝鮮人らの殺傷事件を含む深刻な人権侵害が発生し、軍や警察の一部もこれに関与しました。
    • 治安維持法の緊急勅令による改正(1928年): 当時の内閣は、議会で審議未了となった改正案について、緊急勅令によって改正を行い、最高刑として死刑を導入するとともに、適用範囲を拡大しました。

  3. 国家総動員法(1938年)と行政への広範な権限委任
    国家総動員法は緊急勅令ではなく、帝国議会を通過した法律でした。しかし、労働力や物資などに関する広範な統制を政府の命令に委ねる仕組みを設け、その後、国民徴用令や学徒勤労令などによる国家統制が強化されました。この歴史は、形式上は議会制を維持していても、行政に広範な権限を委ねれば、実質的な決定権が行政に集中し得ることを示しています。 これらの歴史と現代の国際的な動向は、緊急時だからこそ政府の権力を厳格に限定し、議会による統制、独立した司法による審査、人権保障を確保する必要があることを示しています。

(注1)越田崇夫「明治憲法の緊急事態条項」『レファレンス』第881号、国立国会図書館調査及び立法考査局、2024年5月、51頁