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死刑廃止 - 死刑に関するQ&A

Q. 死刑を廃止すると、社会における犯罪の抑止効果が薄れるのではないですか? 死刑をなくすことにより、より犯罪が増えるのではないでしょうか?

死刑には、他の刑罰に比べて特別な抑止効果があるとはいえない、というのが今日の世界における共通の認識です。


確かに、死刑制度をなくした場合、犯罪の抑止効果が薄れるような気がするものです。しかし、実はそうではありません。科学的な研究において、「死刑が他の刑罰に比べて効果的に犯罪を抑止する」という確実な証明は、なされていないのです。

国連からの委託により、「死刑と殺人発生率の関係」に関する研究が、たびたび実施されています。最新の調査(2002年)では「死刑が終身刑よりも大きな抑止力を持つことを科学的に裏付ける研究はない。そのような裏付けが近々得られる可能性はない。抑止力仮説を積極的に支持する証拠は見つかっていない」との結論が出されています。

すなわち、「犯罪発生を抑えるためには、死刑が必要である」ということは、正しいとは言えないことが分かります。

1981年に死刑を廃止したフランスの統計でも、死刑廃止前後で、殺人発生率に大きな変化はみられません。韓国でも、1997年12月、一日に23人が処刑されましたが、この前後で殺人発生率に違いが無かった、という調査が報告されました。また、人口構成比などの点でよく似た社会といわれるアメリカとカナダを比べても、死刑制度を廃止していない米国よりも、1962年に死刑執行を停止し、1976年に死刑制度を廃止したカナダの方が殺人率は低いのです。つまり、死刑制度によって殺人事件の悲劇を封じ込めることは、できないのです。



Q. それでも、日本では凶悪犯罪が増えているから、やはり死刑は必要ではないでしょうか?

実際には、日本の凶悪犯罪は増えていません。それどころか昭和30年代をピークに、年々、殺人事件は減少しています。日本は世界でも最上位の治安のよい国なのです。

私たちの処罰感情の根っこにあるもの、その一つは、治安悪化への不安感ではないでしょうか。

たしかに、1995年のオウム事件以降、マスコミの報道は「犯罪の凶悪化」「増加」というメッセージを発して続けてきました。しかし、日本は現在でも、世界で類を見ない、殺人発生率の低い治安の良い国なのです。

2010年の統計によると、日本の殺人認知件数は、年間1067件です。これを人口10万人あたりの殺人発生率になおすと、0.83件で、世界第4位の治安の良さです。また、日本の殺人事件の認知件数は、昭和30年代前半に年間3000件を超えて最も多かったのですが、その後、現在まで減り続けているのです。

治安の悪化は、統計による客観的な事実ではなく、集中的なマスコミ情報等から来るイメージなのです(これを体感治安の悪化といいます)。

ちなみに、2010年の統計の人口10万人あたりの殺人発生率は、1位のオーストリアが0.56、2位のノルウェーが0.68、3位のスペインが0.72で、いずれも死刑廃止国です。この統計資料は、死刑を廃止しても、治安の悪化には直結しないことを示唆しています。


 

Q. 死刑のない国では、市民の意識はどうなのですか?

たとえばフランスでは、1981年に死刑を廃止しました。法務省の「死刑の在り方についての勉強会」の資料によると、その時の世論調査では、死刑賛成は62%、死刑反対は33%でした。そして、死刑がなくなって25年が経った2006年の調査では、死刑賛成は42%、死刑反対は52%でした。

死刑に犯罪への抑止効果がないことは先述しましたが、犯罪に対する刑罰として、死刑に頼らない国が、世界で141ヵ国に達しています(2012年6月末現在)。それらの国では、処罰感情から犯罪者の生命を奪うのではなく、別の方法によって償わせているのです。治安の維持と人道的見地の両方を考え併せた、このような選択が十分に可能であるということも、知っていただきたいと思います。



Q. 死刑を廃止することで得られるものは何ですか?

まず、国家によって市民の命が奪われる、という国家権力による究極的な暴力をなくすことができます。

そして、死刑囚の命を救うことは、冤罪による死刑という究極的な不正義ともいえる悲劇をなくすことにもつながります。この点については、冤罪を理由に、死刑全体の廃止を論ずるべきではないという反論が聞かれます。つまり、現行犯などの死刑囚で、冤罪の可能性のない事件に死刑を適用するならば問題ない、という意味なのだと思います。

この主張を裁判に置き換えると、証拠の認定が明確なら死刑にし、難しいならば「疑わしきは被告人の利益に」の原則から無罪にする、ということになります。同じく「人を殺した」という犯罪に該当している場合に、この様な法の適用は妥当でしょうか。その一方で、冤罪事件に死刑を適用することが妥当でないことは、いうまでもありません。

事件が起こった後に人がおこなう裁判には、どれだけ鑑定技術が進歩したとしても、誤判の可能性が存在します。誤判の問題と死刑について、元最高裁判事の故・団藤重光先生はこう述べています。

「死刑は、すべての元にあるその生命そのものを奪うのですから、同じ取り返しがつかないと言っても、(懲役刑などとは)本質的に全く違うのであります。」「死刑事件における誤判の問題は、決して単なる理屈の議論ではないのであります。」「死刑の判決が執行された後で、無実だったことがわかった場合には、刑事補償法の規定によって、……補償金がとして出されますが、そういう刑事補償が遺族に出されたところで、本質的には何の償いにもなるものではありません。」

(出典「死刑廃止論」団藤重光著 有斐閣)

たしかに、私たち市民にとって、死刑を廃止することによって得られる利益は、すぐには自分のものとして実感しづらいものだと思います。

しかし、死刑を廃止することは、誰もがお互いの命を大切に思う気持ちを通わせ合い、子どもたちにも「絶対に人を殺してはいけないんだよ」と堂々と教えられる社会へとつながるはずです。



Q. 被害者の救済の制度として、日本ではどのような取組みがあるのですか。

まず、経済的な支援には「犯罪被害者給付制度」があります。犯罪によって、家族を失った場合、一定の遺族給付金(320万円から2,964.5万円)が支給されるなどの支援が行われています。

もっとも、金額に関しては、施行以降も増額がなされてきましたが、十分なのかといった議論を続けていく必要があります。

また、精神的社会的支援については「犯罪被害者等基本法」が総合的に定めています。そこでは、国・地方公共団体が講ずべき基本的施策として、相談及び情報の提供、損害賠償の請求についての援助、保健医療サービス・福祉サービスの提供、犯罪被害者等の二次被害防止・安全確保、居住・雇用の安定、刑事に関する手続への参加の機会を拡充するための制度の整備、といった項目が挙げられています。

もっとも、この内容の是非などについても、より適切なものにしてくために議論が続いています。

アムネスティは、死刑判決を受けた者が犯した罪について、これを過小評価したり、許したりしようとするわけではありません。しかし、被害者とその遺族の人権の保障は、死刑により加害者の命を奪うことによってではなく、国家が経済的、心理的な支援を通じ、苦しみを緩和するためのシステムを構築すること等によって、成し遂げられるべきであると考えます。

被害者が必要とする具体的な支援についても、私たちが関心を持って、国際的な比較などを通し、よりよい支援の仕組みをさらに充実させるべきです。



Q. 死刑を終身刑にすると、お金がかかる。凶悪犯に、これ以上私たちの税金を使うのは賛成できません。

実は、死刑制度の維持にも、とてもお金がかかるのです。

アメリカのカリフォルニア州では、2012年11月に死刑制度について住民投票を行う予定です。その理由には、死刑判決は慎重を期すため、再審等の裁判費用が大変かかるという財政的理由も含まれています。死刑囚は、死を待つ間、労役もさせられず生産もできません。死刑制度を維持するのは、終身刑よりもお金がかかるというのです。

ちなみに、日本の刑事施設の刑務作業の年間収益は、約47億円(2010年)です。受刑者自身が生み出しているお金は、決して少なくないと言えると思います。

死刑廃止によって、節約できた経費を、真の犯罪防止や犯罪被害者とその家族を支援する方に回したが良い。2012年4月25日に死刑を廃止したコネチカット州でも、廃止に至った経緯にこの様な理由が聞かれました。

また、そもそも犯罪に対して、自由刑を科すという政策(自由を奪う刑罰)を私たちの社会が選んでいる以上、お金をかけてその刑事制度を維持するのは、それを選択している社会全体の責任です。その意味から、社会秩序の維持のために選択した政策に税金を投じるのは、当然のことではないでしょうか。



Q. 死刑が政治的な弾圧として利用されるというのはあるのですか?

反乱罪などを規定することによって、政権が自分たちに批判的な市民を死刑にする例は、世界にまだまだあります。

世界で死刑を存置している国は、2012年6月末現在で57ヵ国です。そのうち、殺人などの人の生命を侵害する犯罪以外に死刑を用いる国が多くあります。そして、その罪状は、反乱罪など、政府に批判的な人びとに向けられているのです。

また、アパルトヘイト撤廃前の南アフリカ共和国では、マイノリティの人びとに死刑が適用されやすいという傾向がありました。

政治的弾圧以外にも、人種差別の問題があります。アメリカのジョージア州で、2011年9月21日に処刑されたトロイ・デービスさんは、黒人でした。

デービスさんは1989年8月19日、ジョージア州サバンナのハンバーガー店の駐車場で、警官のマーク・マクフェイル氏(当時27)の心臓と頭を銃で撃ち抜き殺害したとされました。

デービス死刑囚は一貫して無実を主張しており、殺害されたマクフェイル警官が白人で、事件当時20歳だった同死刑囚が黒人であることから、人種的偏見による冤罪ではないかと言われてきました。事件には物的証拠がなく、目撃証言に基づいて有罪判決が下されたものの、証言の多くは後にひるがえされたり、撤回されたりしました。

執行までの約20年間に、刑の執行は3度猶予されていました。2011年の執行前も、州最高裁は執行間際まで異例の4時間近くに及ぶ審理で執行停止を検討していました。しかし、ジョージア州は、最終的に彼を執行してしまったのです。

トロイさんの事件は、冤罪による死刑の問題も浮き彫りにしました。

アメリカでは、1973年以降、DNA鑑定の進歩などにより、実に140人もの死刑囚が、再審で無罪となり釈放されています。

政治的利用の他にも、刑事司法に「完全」はない以上、生命を奪う死刑という取り返しのつかない刑罰を用いるべきではない、と私たちは考えます。



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