“Silence in the face of injustice is complicity with the oppressor.” – Ginetta Sagan.
「不正義に対して沈黙することは、抑圧者との共謀だ」

みなさんは、ジネッタ・セーガンをご存じでしょうか? アムネスティ・インターナショナル・USAの名誉会長にも選出されたことのある、アメリカの人権活動家です。

彼女が残したこの名言を、まさに引き継いだような人権活動家がアメリカ・ニューヨークで活動しています。スティーブン・ドンジガー氏です。

ドンジガー氏は1991年にハーバード大学のロースクールを卒業。その2年後、米国石油大手会社 テキサコ(現シェブロン)の石油放出によって引き起こされた、アマゾンの環境災害の調査グループの一員として活動を始めました。シェブロンによる "Ecoside" (エコサイド:意識的、計画的な環境破壊)に苦しむエクアドル先住民のために立ち上がったドンジガー氏。原告である先住民の弁護を担当し、シェブロンとの裁判に勝訴しました。しかし、95億ドル (1兆円)の賠償金を払うことを命じられたシェブロンは支払いを拒否、さらには報復としてドンジガー氏個人に600億ドル (8兆円)を請求しました。ドンジガー氏は控訴したものの敗訴。結果、「法廷侮辱罪」として3ヶ月間刑務所に収監された後、約1000日に及ぶ自宅監禁を強いられました。これは、企業が一個人を訴えた世界初のケースだったとドンジガー氏は振り返ります。今年5月に自宅監禁生活を終えたドンジガー氏は、現在人権活動家として活動を再開しています。

5月27日にはドンジガー氏ご本人をお招きし、ユースと対話型のオンラインワークショップを開催しました。イベント開催の目的は、アマゾンで起きている環境問題と人々に与える影響、アメリカで人権活動家が大企業の標的にされている実態、そして彼らのために私たちに何ができるのかを考え、話し合うことでした。

ワークショップの前半は、ドンジガー氏とエクアドル先住民のシェブロンとの戦いの経緯をご本人にお話ししていただきました。シェブロンが総勢2000人もの弁護士を率いてドンジガー氏を訴え、彼の弁護士資格とパスポートを剥奪したこと。息子と外出することさえも許されず、昼夜問わず刑務所から電話がかかってくる自由がない日々。参加者は、ドンジガー氏の身におきたことの深刻さを知ることになりました。しかし、

「私の身に起きたことを知る人は増えてきているし、私自身ももう大丈夫。だから私の経験を聞いて悲しむのではなく、希望やインスピレーションを見出してほしい。」

とドンジガー氏はおっしゃいます。
どうして環境破壊や人権侵害が起こるのか、そしてユースの私たちに何ができるのかを考える機会となりました。

自由と民主主義の原則を謳うアメリカで、どうしてこのようなことが起こりうるのか、と疑問に思う人もいるでしょう。ドンジガー氏はその理由を、アメリカの大手企業の権力の増大にあると説明しました。特に近年は、石油燃料産業が力を増しており、アメリカの三権分立制度を脅かすようになったそうです。政府は国民と、国民の利益を守る義務があります。しかし、企業の力が以前にも増したことで「政府が企業にコントロールされるようになっている」とドンジガー氏は話します。続けて、人権に対する理解が少ない裁判官がシェブロンに忖度し、先住民らに賠償金を払わなくて済むよう計画されていたことを明かし、裁判所とシェブロンが癒着関係にあったと指摘しました。

企業と政治の歪んだ関係は、石油企業だけではありません。ドンジガー氏はアメリカの銃社会についても触れました。

このワークショップが開催された数日前、テキサス州の小学校で銃乱射事件が発生しました。ワシントンポストの発表によると、2022年7月時点でアメリカでは今年だけで300件以上の銃乱射事件が起きています。銃乱射事件が後を絶たないアメリカ。皮肉にも銃乱射事件が起こるごとに、人々は不安に駆られ銃を購入するようになると言います。命が失われる度に、銃製造産業は利益を増やしているのです。また、銃製造産業のロビー活動や、企業の政治家への献金が原因で、法整備が遅々としているとドンジガー氏は話しました。大企業と政治の利害関係は複雑であり、この歪んだ関係性が人権侵害につながるケースが多いと学びました。

ドンジガー氏にシェブロンとの戦いの経緯を話していただいた後、参加者からの質問にも答えていただきました。質問は多数寄せられましたが、中でも「自分の自由や人権が犠牲になってまでも人権活動を続けることができるのはなぜか」という質問に対する、ドンジガー氏の力強い答えは特に印象に残っています。

「私は人権活動が好きだ。どんな困難がついてまわっても、それを人々が団結して乗り越えるためのチャンスに変える。人権活動は必要不可欠で、意義がある。それに、自分がしていることに対して誇りを持っている。」

被害にあった先住民のためだけに活動しているというよりも、「人権活動が好きだから」とドンジガー氏は言います。シェブロンの脅迫にあっても人権活動を止めることはないとも言い切りました。

キリスト教には "Calling"という考え方があります。日本語は「天職」。神様は私たちひとりひとりに、人生において達成しなければならない仕事「天職」を用意してくださっている。ただし、自分の「天職」が何であるかは、各々が努力して探す責任があるという考え方です。人権活動はドンジガー氏にとって、まさにCallingであると感じました。

私は学年が上がるにつれ、また、関心のあるトピックで活動を始める友人が増えるにつれ、「自分は何に興味があるのだろう」「今まで学んだことを、将来どのように社会に還元するべきなのだろう」と考えるようになりました。ドンジガー氏のこのワークショップに参加したことで、興味を持ったことには躊躇わずに挑戦し、残りの大学生活を自分が人生において達成したいことを探す有意義な時間にしようと思いました。

ドンジガー氏はワークショップを通して、アムネスティーへの感謝の思いも伝えてくださいました。彼が刑務所や自宅で監禁生活を送っている際、彼自身や家族をアムネスティーがサポートしたことは、彼自身、ひいてはエクアドルの先住民の権利を守ることにつながったそうです。

「だから、ユースにはアムネスティーで活動し続けてほしい。それがとても重要なこと。」
とおっしゃいました。

最後にドンジガー氏は私たちに、ユースとして活動する際のアドバイスもくださいました。それは、多様なスケールで活動することです。まずは、自分たちが積極的に意見を言って携わることができるようなローカルで、小さなスケールで活動する。そして、自分と似たような活動をしている人との繋がりも作る。さらに、アムネスティーのような大きな国際団体の活動にも参加する。グローバルスケールで挑戦しなくてはならない環境問題においては、大規模なムーブメントを起こす必要があり、充分なマンパワーが必要だからです。

実際に人権活動家として活動されているドンジガー氏から直接お話を伺い、質問することができた今回のワークショップは、ユースにとって貴重な機会となりました。長い監禁生活を終えたドンジガー氏は、もうすでにエクアドルの先住民と共にシェブロンとの戦いに再び挑んでいます。次は私たちユースが、ジネッタ・セーガンのバトンを、彼から受け取らなくてはなりません。

開催日 2022年5月27日(金) 20:00-21:30
開催方法 オンライン(Google Meet)
主催 アムネスティ・インターナショナル日本