5年前、ある人権活動家の亡命が世界の注目を集めました。中国で「はだしの弁護士」として名を馳せていた陳光誠さんです。目が見えないことで差別を経験した陳さんは、独学で学んだ法律を武器に障がい者や女性、地方で暮らす貧しい人びとの支援に取り組んでいました。しかし、政府による人権侵害に声を上げたことから、ひどい迫害を受けるようになったのです。

アムネスティ日本は、10月18日からの約3週間、陳さんを亡命先の米国からお招きし、全国8カ所-札幌・盛岡・鎌倉・東京・徳島・広島・京都・名古屋-で講演会「不屈力」を開催しました。初来日となる今回の講演会では、ご自身の経験と支えてくれた人たちのこと、さらに中国での弾圧の実態について語ってくださいました。

各地の講演会には延べ740人にご来場いただき、皆さん、陳さんのお話へ真剣に耳を傾けていました。中国チームの曽我が報告いたします。

不屈の人権活動家・陳光誠

陳光誠講演会 東京講演

札幌講演:陳さんと藤野彰(ふじの・あきら)さん札幌講演:陳さんと藤野彰(ふじの・あきら)さん

東京講演:陳さんと城山英巳(しろやま・ひでみ)さん東京講演:陳さんと城山英巳(しろやま・ひでみ)さん

「いかなる困難にも屈せず、社会の公平のために闘わなければならない」

生後間もなく視力のほとんどを失った陳さんは、友達が小学校へ通っている間のほとんどの時間をひとりで過ごし、故郷・山東省の村を探索しながら、視覚以外の聴覚、嗅覚、触覚でさまざまな知識を習得しました。

家では父親が読み聞かせてくれた歴史小説から王朝の栄枯盛衰や、人びとが権力に対してどう従いどう背くのかということについて学び、「いかなる困難にも屈せず、いかなる可能性も信じて、社会の公平のために闘わなければならない」という強い信念も持つようになりました。

彼自身も差別を受けていたため、陳さんは身の周りの社会の不公平に気づき、またそれらの多くが政権の行いによるものだと理解し始めたのです。弁護士ホットラインや生活に密着するラジオ番組などを通して、法律の重要性とメディアの影響力を知った陳さんは、法律とメディアを使って、中国共産党に自らが制定した法律を守らせたいと考えました。

2003年、北京地下鉄を起訴し勝訴しました。当時の法律に照らすと、視覚障がい者は無料で地下鉄に乗れ、その付添人も無料のはずなのですが、実態はそうではなかったのです。そして2005年、一人っ子政策のもとで母親たちが墮胎を強いられ、女性たちに避妊手術を強要するために家族が拉致、監禁されたり、幼児が殺されたりしている実態について調査し、報告書を発表しました。

しかし、このことで当局から怒りを買ってしまったのです。報告書を発表した直後、陳さんは当局に拉致され、殴る蹴るの暴行を受け、7カ月月間も違法に自宅で軟禁された上に、無実の罪で4年3ヶ月も投獄されました。刑期を終えた後も、自宅には党に雇われた十数名による監視が24時間体制でつき、陳さんにはまったく自由がありませんでした。

「後に引く選択はない。骨折しても前に進んだ」

その後、数回脱出を試みますが失敗し、その度に陳さんと家族は当局から暴力を振るわれました。2012年4月、1年かけて練った脱出計画を実行し、遂に自宅の外へでることに成功しました。

陳さんは、隣家の間にある7つの壁を乗り越えなければなりませんでした。途中、壁を乗り越えるときに、骨折して足が腫れあがり、激痛で何度も立ち止ったといいます。雨も降ってきて、「目が見えない自分に本当に逃げ切ることができるのか」と大きな不安にかられました。

それでも家族のことを想い、「後に引く選択はない」と自ら言いきかせ、地面をはいつくばって前進しました。陳さんは、丸一日かけて隣町へと移動し、そこで友人の支援を得て、北京の米国大使館へ逃げ込みました。

「中国政府が最も恐れているのは、人びとの『団結』だ」

「私の経験は中国政府による人権侵害の一つの縮図」だと語る陳さんは、中国共産党が政権を維持するために、真相を語ろうとする市民を徹底的に弾圧し、彼らの家族さえも巻き添えにすると話します。

2015年7月9日に、人権派弁護士が一斉に拘束された事件や、ノーベル平和賞を受賞した劉暁波さんが獄中で亡くなったことは代表的な事例です。習近平現政権下では、弾圧がさらにひどくなっていて、中国の勇気ある人びとはますます苦境に追いやられています。

中国政府が最も恐れているのは市民の「団結」です。陳さんが自宅で軟禁されていたときも、全国のインターネットユーザーが立ち上がり、行動を起こしてくれました。彼に対する支援は国内にとどまらず国際的な動きへと広がりました。

当局に追い返され、会うことはできなかったと話しますが、彼の釈放を求め、クリスチャン・ベールをはじめとする著名人や多くの支援者が山東省にある自宅まで足を運び、世界中のアムネスティのサポーターから届いた手紙にもとても励まされたと話します。

こうした市民の団結が、中国、米国両政府に対する圧力につながり、陳さんの奇跡の脱出へとつながったのだと言います。

「一人ひとり、それぞれの立場で、果たせる役割が必ずある」

陳さんは、米国でも、中国の民主化そして人権のための活動を続けています。現在は「希望の種が地球のこちらで捲かれれば、地球のあちら側で花開き実を結ぶ」時代だと話し、講演会を通して世界に中国の人権状況を伝える活動の他、インターネットを通して、中国国内の活動家や若者との交流を続けています。

書籍を購入した来場者と握手をする陳光誠書籍を購入した来場者と握手をする陳光誠さん

「今こそ日本が、世界的な文明を推進していく上で重要な役割を担う絶好の機会なのです。一人ひとり、それぞれの立場で、果たせる役割があります。努力は必ず報われます。中国の大地には、必ずや民主、憲政、法治の花が咲き誇り、自由、人権、文明が実ることでしょう。これは全世界にとって重要なことです。平和、自由、民主を愛する世界のびとへ、今こそ、手を取り合いともに前進していきましょう」

陳さんは、中国の人権問題は日本に決して無関係ではないと訴え、一人ひとりの行動を呼びかけ講演を締めくくりました。私は、本人の口から語られる脱出時の行動の凄まじさに、陳さんの「不屈」を再認識するとともに、陳さんが日本に大きな期待を寄せていることに対して、私たちもその期待に応えられるように活動に取り組まねば、と気が引き締まる思いでした。

講演以外での新たな出会いと発見

講演会以外にも、陳さんは滞在中、活動家との交流会や視聴覚障がい者施設の訪問、学生限定のワークショップ、20件を超えるメディア取材など、多忙なスケジュールをこなしました。

その中には、陳さんにとって人生初となる体験もありました。盛岡で訪問した「手でみる博物館」では、白鳥やサメのはく製に触れました。触れることで「見る」陳さんにとって、動物や虫で触れられない生物が多く、博物館での新たな発見に喜ばれていました。

東京では、盲導犬をはじめて体験。いつもはつえや盲導犬に頼ることなく歩く陳さんですが、この体験後、「飼ってみようかな」という程、盲導犬を気に入ったようです。

他にも、徳島では川下りをして大好きな海を訪れ、名古屋では日本庭園で抹茶を飲むなどして、日本の文化や自然に触れ、地域の人たちとの交流を楽しみました。

上:徳島で海を訪れる陳光誠さん 下左:盲導犬を体験 下右:盛岡「手でみる博物館」を訪問上:徳島で海を訪れる陳光誠さん 下左:盲導犬を体験 下右:盛岡「手でみる博物館」を訪問

陳さんへの寄せ書きバナー、来日記念Tシャツ

今回のスピーキングツアーでは、寄せ書きバナーを各地にまわして、参加者から陳さんへの応援メッセージを集めました。私はバナーのデザインをさせていただきました。中央に大きく書いた彼の名前は、「不屈」の精神を持った陳光誠さんをイメージして、毛筆を使って力強く表現しました。ツアー終了後には、陳さんを応援する大勢の人の寄せ書きで埋め尽くされ、バナーは陳さんに日本のおみやげとして手渡しました。

また、彼の初来日を記念したTシャツも制作。Tシャツには、陳さんのトレードマークであるサングラス、そして世界中で勇気をもって活動している人びとに連帯に気持ちを示すメッセージ「Proud to be Brave」を入れました。このTシャツを着て会場に来てくれた参加者もいらっしゃいました。

左:バナーに寄せ書きをする来場者 右:来日記念Tシャツ左:バナーに寄せ書きをする来場者 右:来日記念Tシャツ

ご支援ありがとうございました!

各地の会場へご来場いただいた皆さま、ご寄付をくださった皆さま、イベントの企画や運営にお力添えいただいたボランティアと関係者の皆さま、ファシリテーターを努めてくれた城山英巳さん(時事通信記者)、藤野彰さん(北海道大学教授)。そして、日本全国にご自身の経験を伝えてくれた陳さん。心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました!

日本に大きな期待を寄せている陳さん、彼のその期待に応え、中国があらゆる人にとって住みやすい場所となるよう、これからもアムネスティは活動を続けます。

東京講演終了後の集合写真

公演場所・日程 札幌講演(北海道) 10月21日(土)/陳光誠さん、藤野彰さん
盛岡講演(岩手) 10月22日(日)/陳光誠さん
鎌倉講演(神奈川) 10月28日(土)/陳光誠さん
東京講演 10月29日(日)/陳光誠さん、城山英巳さん
徳島講演 11月1日(水)/陳光誠さん
広島講演 11月3日(金)/陳光誠さん
京都講演 11月4日(土)/陳光誠さん、城山英巳さん
名古屋講演(愛知) 11月5日(日)/陳光誠さん
学生限定ワークショップ(東京) 10月25日(水)/陳光誠さん

※本事業は、財団法人大竹財団の助成金を受けて実施しました。

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